【教養としてのビール】ドイツの“地形”が生んだ小麦ビールの味とは?
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

【教養としてのビール】ドイツの“地形”が生んだ小麦ビールの味とは?Photo: Adobe Stock

教養としてのドイツビール物語

 ドイツ北部は寒冷の痩せ地であるため、本来農業生産性が低い地域です。特に冬は農作物があまり穫れないこともあって、食材が不足しがちでした。そのため保存食品の開発が進みました。肉や魚を野菜と一緒に酢などのつけ汁に浸すマリネや、キャベツの漬け物(ザワークラウト)、ソーセージなどが代表的な食品です。

 ドイツのビールといえば、「ホップ、麦芽、水、酵母だけを使用して作る」と法律で定められています。これをビール純粋令といい、成立は16世紀です。

 ただでさえ小麦の生産が困難な地域なので、食用として貴重な小麦を、ビールの原料には利用しないようにするのが目的だったといわれています。こうした伝統を守りつつ、今日のドイツ国内には醸造所が1500軒、5000種類の銘柄があるといわれています。

 ところがドイツには、小麦を原料としたビールもあります。ヴァイツェンです。ヴァイツェンという名前がそもそも「小麦」という意味を持っています。特にバイエルン地方を中心にドイツ南部で飲まれているビールです。

 おわかりでしょうか?

 ドイツ南部は、かつての氷食地ではない地域です。大麦やライ麦ではなく、小麦が生産できます。ドイツ北部は氷河侵食によって痩せ地、南部は比較的豊かな土壌です。そのため北部では小麦の生産が難しく、南部では小麦の生産が古くから行われています。

 北部のビールは大麦が主原料、南部のビールは小麦が主原料となります。これもまた、ヴァイツェンが発明された「土台」なのですね。

 現在ではビール純粋令は改正され、基本原料に変化はありませんが、ヴァイツェンを合法的に作れるようになりました。

(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)