どうやって部下とチームを育てればいいのか? 多くのリーダー・管理職が悩んでいます。その悩みを受け止めてきた企業研修講師の小倉広氏は、「どんなに丁寧なアドバイスも、部下否定にすぎない」と、その原因を指摘。そのうえで、心理学・カウンセリングの知見を踏まえながら、部下の自発的な成長を促すコミュニケーション・スキルを解説したのが、『優れたリーダーはアドバイスしない』(ダイヤモンド社)という書籍です。本連載では、同書から抜粋・編集しながら、部下と向き合うときに、上司に求められる振る舞いについて考えていきます。

「なぜ、死んだらいけないのですか?」という問いに、本当に賢い人はどう答えるのか?写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「答え」がわからないときは、「困っている」と伝えるのがいい

「なぜ、死んだらいけないのですか?」
 希死念慮のある人から、そう問われたら何と答えますか?

 これはたいへんに難しい質問です。
「そんなの、当たり前のことだろう」では「答え」になりませんし、「生きたいと思いながら、病気で亡くなった人たちのためにも、生きなければいけないのだ」などという“立派な答え”も、悩みの渦中で苦しんでいる当人には全く響かないでしょう。

 僕が尊敬する著名な精神科医・神田橋條治先生は、ご著作のなかでこのような趣旨のことを語っておられます。
 もしも、自分が相手に届くような「答え」をもっていなかったならば、「困っている」ということを伝えるのがよい。「私にもわからないから、一緒に答えを見つけよう」と言うのだ、と。

 名言だと思います。
 そして、僕は、この言葉を、世の中のすべての上司に届けたいと思っています。

 なぜなら、「上司にだってわからないことがある」のは当然のことだし、「部下の質問に、上司が答えられらないことがある」のも当然のことだからです。

 そんなときには、「私にもわからないから、一緒に考えよう」と誠実に伝え、部下と共に悩むのはとても大切なことです。
 上司のその姿勢が嘘のない誠実さをもたらし、「上司部下」関係という壁を取り払い、人間同士の対等な関係性を築くことにつながるからです。

 ところが、多くの上司が「これ」ができません。
 僕はこれまで、研修講師としてのべ数十万人の管理職の方々と接してきましたが、そのなかで、実に多くの管理職が自分を「リーダーらしく見せる」ために苦労している姿を目の当たりにしてきました。「私にはわからない」と言うことができず、「完璧な上司」を演じようと無理を重ねているのです。

上司が「完璧なふり」をすると、部下も「完璧なふり」を始める

 特に、「部下を指導しなければ!」と思い込んでいるリーダーにその傾向は顕著です。
 当然ですよね。日頃から、部下の「問題点」を指摘して、「教示・アドバイス」を連発している上司が、「私にはわからない」などという言葉を口にできるわけがありません。
 その結果、無理をして「完璧なふり」をしなければならなくなってしまうのです。

 だけど、そんなことをするから、職場に閉塞感が生まれるのです。
 なぜなら、「完璧なふり」をしている上司の前では、部下も「完璧なふり」をしなければならないからです。本当は必ずしもそうではないのに、「優秀なふり」や「いつもやる気があるふり」をしなければならなくなってしまう。そこに「嘘」が生まれるのです。

 上司も「完璧なふり」。
 部下も「完璧なふり」。
 お互い常に「嘘」をついている。
 そんな状態では、表面的な「人間関係」しか生まれません。「本音」を話せるような関係性になど、決してならないでしょう。

 そんな職場では、部下は常に「緊張状態」に置かれます。
 その結果、部下はますます萎縮し、能力を発揮することができなくなってしまうのです。実に愚かなことではないでしょうか?

 だから、上司は「完璧なふり」などしない方がいい。
 そもそも、地球上に存在する約80億人のなかに「完璧な人間」など一人もいません。みんな、「長所」もあれば「短所」もある、デコボコだらけの人間です。それでいいんです。

 むしろ、部下に対して、「私にはわからない」と正直に言う勇気こそが必要です。
 そして、「だから、一緒に考えよう」と伝えて、部下と共に悩むことが大切なのです。

(この記事は、『優れたリーダーはアドバイスしない』の一部を抜粋・編集したものです)

小倉 広(おぐら・ひろし)
企業研修講師、公認心理師
大学卒業後新卒でリクルート入社。商品企画、情報誌編集などに携わり、組織人事コンサルティング室課長などを務める。その後、上場前後のベンチャー企業数社で取締役、代表取締役を務めたのち、株式会社小倉広事務所を設立、現在に至る。研修講師として、自らの失敗を赤裸々に語る体験談と、心理学の知見に裏打ちされた論理的内容で人気を博し、年300回、延べ受講者年間1万人を超える講演、研修に登壇。「行列ができる」講師として依頼が絶えない。また22万部発行『アルフレッド・アドラー人生に革命が起きる100の言葉』や『すごい傾聴』(ともにダイヤモンド社)など著作49冊、累計発行部数100万部超のビジネス書著者であり、同時に公認心理師・スクールカウンセラーとしてビジネスパーソン・児童生徒・保護者などを対象に個人面接を行っている。東京公認心理師協会正会員、日本ゲシュタルト療法学会正会員。