「目の前の勝利」を手放す勇気
大局観あってこそ本物の戦略
太郎の決断は、損得の単純な秤では測れないものでした。なぜなら彼は、「目先の利益」にとらわれず、「長い縁」と「信頼」を選んだからです。
もしこのとき、満鉄を訴えていたらどうなっていたでしょうか。賠償金は得られても、松本というキーマンとの縁は切れ、満鉄という巨大組織を永久に敵に回していたかもしれません。それでは、もっと大きな機会を失っていたことになります。
実際、太郎の潔さと大局観は、すぐに新たな道を切り拓きます。翌年、松本から5万人を超える満鉄社員向けの住宅建設事業という、まったく新しいビジネスの提案を持ちかけられたのです。
しかも、満鉄側が低利融資まで用意してくれるという。自己資金が乏しくても挑戦できる環境が整っていたのです。これは、信頼という“無形資産”がもたらした利益に他なりません。
「損して得を取る」とは、ただ我慢することではありません。太郎のように、状況を冷静に読み解き、どこで引き、どこで攻めるかを見極める“とっさの大局観”があってこそ、はじめて本物の戦略になります。
人生やビジネスでは、ときに「目の前の勝利」を手放す勇気が必要です。その選択が、より大きな信頼、より長期的な果実につながることもあるのですから。
Key Visual by Noriyo Shinoda