「せっかく“いい会社”のはずなのに、毎日ぜんぜん楽しくない…」
あなたは今の職場で、「うまく言葉にならない“悩み”」を感じたことはないだろうか。「この会社で一生働くなんて無理…」「でも、他に“やりたいこと”もない…」「だから、しぶしぶ働いている…」そんな日々に「このままでいいのか?」と不安になったことも、一度ではないはず。
こんな“うまく言葉にできないモヤモヤ”を「見事に“言語化”してくれた!!」と話題なのが、新刊『「いい会社」のはずなのに、今日もモヤモヤ働いてる』だ。各所から共感が殺到している本書に沿って、今回は「キャリアのモヤモヤ」の正体について解説する。

「人間の価値」が偏差値で決められる社会
偏差値――
本来は、学力を測るための、ただの数値にすぎなかった。
けれど、いつしかそれは、
「人間の優劣を判別するモノサシ」へと変貌していった。
「点数が高ければ、優秀」
「偏差値が高ければ、立派」
その価値観は、誰にも疑われることなく、
社会の常識として定着している。
そして、その頂点に位置づけられたのが――東京大学である。
「ハイスペックキャリア迷子」になる東大生たち
「東大に入れば、すべてがうまくいく」
そう信じて、歯を食いしばり、一直線に走り続けた。
――そして今、頂点に立ったまま、立ち尽くす人がいる。
「ハイスペックキャリア迷子」
けれど、その存在は、ほとんど語られることがない。
たしかに、東大というブランドは、“成功”の象徴である。
だが、その輝きの裏には、見えにくい「不自由さ」がある。
「東大に入れば安心」という信念が、
安定と引き換えに、“別の道を選ぶ自由”を静かに奪っていく。
安定を得てしまったからこそ、失うのが怖くなる。
「優秀であること」が目的化した先
そして気づけば――
「優秀であること」それ自体が目的になってしまう。
そうして、存在していたはずの「自分らしさ」を、見失ってしまうのだ。
自分のものだったはずの、人生の軸。
それが、他人の評価軸にすり替えられていることには、
そう簡単には気付けない。
こうして、自分を置き去りにしたまま、キャリアだけが静かに、進んでいくのだ。
(本記事は『「いい会社」のはずなのに、今日もモヤモヤ働いてる』の一部を編集・加筆・調整した原稿です)