謎のベールに包まれた「ネット取引」の正体
通されたのは、マンションの一室だった。その一角にはパソコンのモニターが3枚並びんでいる。
じいさんは慣れた手つきでパソコンを立ち上げると、画面には無数の数字とグラフが瞬く間に表示された。それは、僕がニュースでしか見たことのない、まさしく「トレーディングルーム」の光景だった。
「え、これが……」
「ほら、これがネット取引や。難しそうに見えるか? やってることは意外とシンプルやで」
じいさんはそう言うと、湯呑みでお茶をひと口すすった。その落ち着き払った様子に、僕が抱いていた投資家のイメージ――常に画面に張り付き、絶叫しているような姿――は、もっけなくも崩れ去った。
9時の鐘が鳴る。株価は「美人投票」
午前9時。無音の部屋に、パソコンから鳴る開始の合図が響き渡った。その瞬間、画面上の数字が一斉に動き出す。
ある銘柄は急上昇し、ある銘柄は急降下していく。その激しい値動きに、僕は思わず息をのんだ。
「こ、こんなに動くんですね……」
「これが市場の意思や。みんなが『この会社はもっと伸びる』と思えば株価は上がるし、『危ない』と思えば下がる。
いわば美人投票みたいなもんやな。自分が美人やと思うだけやなく、みんなが美人やと思う株を見つけるんや」
じいさんは、特定の銘柄を指さした。それは僕も知っている、とある食品メーカーの株だった。
「この会社、最近新しいお菓子を出したやろ。あれが若い子にえらい人気でな。ワシはこれがもっと売れると見とる」
大切なのは「ストーリー」を描く力
それは、単なる数字の羅列に意味が生まれた瞬間だった。株価の上下動は、ギャンブルのような偶然の産物ではない。
その裏には、製品の人気や会社の戦略、そして世の中の動きといった、確かな「ストーリー」が存在するのだ。
「怖い、怖いと言うとったな。そりゃ、何も知らんままサイコロを振るようなことをすれば、ただの博打や。でもな、自分が応援したい会社、これから伸びると思う会社の未来に自分のお金を託す。それが投資の本質や」
じいさんの言葉は、僕が抱いていた投資への恐怖心を、知的な探求心へと静かに変えていく。モニターに映る無数の数字が、まるで社会の縮図のように見えてきた。
このじいさんとの出会いは、僕を新しい世界へ導く、運命の分かれ道なのかもしれない。まだ半信疑ながらも、僕の心は確かに、その世界の扉に手をかけようとしていた。
※本稿は、『89歳、現役トレーダー 大富豪シゲルさんの教え』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。











