BEIは政策金利に依存する
政策金利が低ければ低くなる
では、BEIは、なぜ1.5%というような低い値になっているのだろうか?
実は、日本ではBEIは、政策金利によって影響を受けている。
現在の金利体系の形成では、まずは日銀が政策金利を決定する。今はイールドカーブ・コントロール(長短金利操作、YCC)は行われていないので、政策金利が決まれば、マーケットで、将来の景気や物価の予想を反映しながら、債券の償還までの期間に応じて金利が決まり、10年国債の名目金利はこのイールドカーブによって決まる。
一方で、10年物価連動国債利回り(10年国債の実質金利)は、金融政策とは独立に、マーケットの判断によってすべて決まると考えることができる。これに影響を与えるのは、将来における財政状況などに関する予想だ。
現状の金利体系では、BEIは政策金利の動きによって変動するはずだ。
つまり、政策金利が引き上げられれば、イールドカーブによって10年国債の名目金利が上昇する。他方で10年国債実質金利は、政策金利によっては影響されず、将来の財政事情などによって決まる。したがって政策金利が上昇すれば、BEIが上昇することになる。
このように、BEIは政策金利に依存する。政策金利が低位に抑えられればBEIは低い値となり、政策金利が引き上げられればBEIは上昇するのだ。
BEIは22年から緩やかに上昇
今の政策運営の考えは疑問
実際、BEIのデータは、そのような傾向を示しているだろうか?
まず10年物価連動国債の利回りは、この数年間、ほぼ-0.5%から0%で、あまり大きな変化がない。
やや詳しく見ると、23年の4月には-0.2%程度だったが、4月末から低下。その後、回復し、-0.5%程度の水準が続いた。24年の夏ごろから徐々に上昇し、25年6月以降は、ほぼ0%となっている。
これはインフレ要因を除けば、将来の日本の財政環境は現在とあまり変わらない状態が続くという見通しを示していると解釈できる。
一方で10年国債の名目金利を見ると、2016年から22年ごろまでの期間は、日銀のYCCによって強制的に0%に抑え込まれていた。YCCは24年3月に解除され、10年国債の名目金利は徐々に上昇した。
23年初めには0.5%程度だったものが、24年6月には1%を超えた。25年7月には1.5%を超え、直近8月22日には1.615%と、約17年ぶりの水準まで上がっている。
この間、BEIはどうかというと、22年から現在までの期間を通して見ると、緩やかに上昇している。これは、それまでYCCによって0%程度に固定されていた10年国債の金利の上限が、22年12月20日に引き上げられたことによって生じている。
したがって、「BEIを期待インフレ率と考え、これがまだ低いので、政策金利を抑え続ける」という考えには、大きな疑問が生じる。実際には「政策金利を抑えているから、政策金利を抑えることが正当化される」のだ。これは、ある種の循環論法だ。
日銀が適切な金融政策運営をするのなら、こうした状態からは脱却する必要がある。
(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)