対外情報調査部はもともと、工作員のなり代わりの対象として久米さんを拉致したといわれ、当然その選定段階で彼に身寄りがいないことは把握されていたはずである。

また、曽我ひとみさんの拉致を認めながらも、母親のミヨシさんの拉致を認めなかった大きな理由は、生存者として表に出すことにした曽我ひとみさんへの影響を考えたためと推測される。
北朝鮮としては、日本側のリストに名前のなかった生存者として曽我ひとみさんの存在を示すことで、「誠意」を尽くした印象を与えたかったものと思われる。
そのようなときに母親がともに拉致され、その後も北朝鮮で暮らしていたことを認めてしまうと、なぜこの間ずっと母娘の間を引き裂いていたのかと、ひとみさんの強い反発を買い、彼らの企てている「作戦」に悪影響を与える可能性があると考えたのではないか。
そのため、「生存」でも「死亡」でもなく、「未入境」にしたと思われる。
また2人を「未入境」にした背景には、日本側が提示した行方不明者リストをすべてそのまま認めることへの抵抗もあったと考えられる。
拉致問題で受け身になることで、国交正常化交渉全般において、日本側に主導権を奪われることになりかねないし、国家としてのプライドもある。
松本京子さんや田中実さんの拉致を認めなかった理由の1つもそこにあったのではないだろうか。