人類の歴史は、地球規模の支配を築いた壮大な成功の物語のようにも見える。しかし、その成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。何千年も続いた栄光は、今や終わりが近づいている。なぜそうなったのか?『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』は、人類の繁栄の歴史を振り返りながら、絶滅の可能性、その理由と運命を避けるための希望についても語っている。竹内薫氏(サイエンス作家)「深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、著者の筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快な読後感になっている。魔法のような一冊だ」など、日本と世界の第一人者から推薦されている。本書の内容の一部を特別に公開する。

近親交配と遺伝的なリスク
生きものにとって、数が多いということは、それだけでひとつの安全策になる。大きな集団で暮らす生き物は、たまに起こる災害にも耐えやすい。だが、小さな集団は、思いがけない偶然の出来事に弱い。
さらに見えにくい「遺伝的なリスク」も抱えている。近親交配が避けられず、普通なら滅多に現れないような遺伝性の病気が、こうした集団では実際に表に出てくることがあるのだ。
ハプスブルク家の危険な結婚
近親交配で最もよく知られた例のひとつが、ヨーロッパで数世紀にわたって王や皇帝を輩出したハプスブルク家だろう。彼らは、領地や権力を一族内に留めるために、近親同士の結婚を繰り返していた。
一四五〇年から一七五〇年のあいだに、ハプスブルク家で行なわれた結婚は七三件。その多くが血縁関係の近い者同士だった。たとえば、叔父と姪の結婚が四件、両親がそれぞれいとこ同士というカップルの結婚が二件、さらに、四重にはとこ関係にある者同士の結婚も一件あった。
ハプスブルク家のすべての結婚を平均してみると、その血縁の近さは、いとこ同士の結婚よりもさらに濃い。
こうした近親交配の結果として現れるのが、「近交弱勢」と呼ばれる現象だ。簡単に言えば、乳幼児期や子ども時代、あるいは子どもを残す前に死亡する割合が、一般の集団よりも高くなるということを意味している。
呪われた者
広大なハプスブルク家の中でも、最も極端な近親交配が行なわれていたのがスペイン系の分家である。この一族は一五一六年から一七〇〇年まで、スペイン王位を担っていた。
最後のスペイン・ハプスブルク王は、カルロス二世。彼は「エル・エチサード(呪われた者)」と呼ばれていた。多くの病気や障害を抱えていたためだ。体は小さく、ひ弱で痩せていたが、頭は異様に大きかった。
言葉を話し始めたのは四歳、歩けるようになったのは八歳になってからだった。彼はしばしば下痢と嘔吐に苦しみ、成長するにつれて幻覚やけいれんにも悩まされるようになった。
三十八歳で亡くなったが、見た目はもっと年老いていたという。
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』〈竹内薫訳〉からの抜粋です)