個人の郵便貯金には上限
海外の利用客は少ない現状

 では、郵貯トークンの利用としては、どのようなものが想定されているのだろうか?

 報道によると、資産取引が考えられているようだ。これまでは決済に時間がかかったが、それが即座に行われる利点があるとされる(注2)。

 確かにそのような利点はあるだろう。しかし郵貯トークンの円滑な利用には、郵便貯金残高が条件になっている。ところが、個人の郵便貯金には、通常預金と定期性貯金を合わせて1人当たり2600万円という制限がある。

 トークン化預金は規制の対象とはならないのだが、上限をつくるか否かについては検討中だという。

 海外との取引はどうだろうか? 海外の主体は一般に日本の郵便貯金口座を保有していないと考えられるため、国際的な送金・決済手段としての活用は、制度上の整備がされない限り、制約を受けるだろう。こうした点を考えると、郵貯トークンの利用が今後、どこまで広がっていくのかは見通しがつきにくい面がある。

スマートコントラクトと連携すれば
24時間の資産取引や国際送金も瞬時に

 ただし、預金トークンは多くの可能性を秘めている。

 例えば、スマートコントラクトと連携した預金トークン決済では、契約の履行が確認されれば、即座にしかも自動的に決済が実行される。

 イーサリアムのブロックチェーンでは、スマートコントラクトを実行できる。あらかじめ決められた条件が満たされた際に、ブロックチェーン上で契約内容を自動で実行する仕組みだ。例えば、「購入者から入金があった場合に、注文品を発送する」といったことだ。

 預金トークンを用いてブロックチェーン上で実行できる経済活動として、さまざまなものが考えられる。

 例えば、購入者から入金があった場合に、注文品を自動的に発送する活動がある。これがスマートコントラクトとして行われれば、アマゾンのような巨大企業だけでなく、小企業や個人レベルでも利用可能になると期待される。

 物品だけでなく、サービスの供給にも応用可能かもしれない。例えば、フリーランサーが特定の業務を完了した段階で、即時に支払いする契約などが考えられる。

 航空便の遅延や災害の発生など保険事故が発生したという情報が確認できたら、直ちに保険金を支払う即時払いの保険も考えられる。

 実際、海外ではさまざまな金融機関が、トークン化預金の制度設計に取り組んでいる。

 JPモルガンCEOのジェイミー・ダイモンは、ステーブルコインには慎重な姿勢を示しているが、預金トークンについては顧客のニーズの高まりを背景に、「われわれは関与する銀行になる」と25年前半から表明していた。

 JPモルガンの「JPMコイン」は、同行の預金を裏付けとして発行された。そして、主に法人顧客間の大口決済や資金移動に利用された。

 JPモルガンは25年6月17日にはデポジット・トークン「JPMD」を発表した。JPMコインは同行の内部ネットワークでのみ利用可能だったが、JPMDはCoinbaseのBaseネットワーク上で動作するため、より広範囲のアクセスが可能になる(注3)。

 これによって、24時間体制でのデジタル資産決済や、国境を越えた取引を効率的に実行できるようになる。特に注目すべきは、従来は数日を要していた国際送金が、ほぼ瞬時に完了する点だ。

 JPMのようなメガバンクがブロックチェーン上で預金トークンを発行することは、金融インフラそのものに変革をもたらし、金融業に極めて大きな影響を与える可能性がある。

 ゆうちょ銀行のトークン化預金も同様の可能性は秘めている。

注1 野口悠紀雄『ブロックチェーン革命』(日本経済新聞出版社、2017年)を参照。
注2 「ゆうちょ銀行のデジタル通貨、『預金と同等』の利便性を武器に」(日本経済新聞、2025年9月1日)
注3 「JPモルガン、コインベースの『Base』ブロックチェーン上にUSD預金トークンを導入」(CoinDesk、2025年6月18日)

(一橋大学名誉教授 野口悠紀雄)