最終回を目前にしたNHKの連続テレビ小説『あんぱん』。言わずとしれた国民的キャラクター『アンパンマン』をつくった漫画家・やなせたかしをモデルにした柳井嵩(演・北村匠海)とのぶ(演・今田美桜)の夫婦の物語だ。全26週のこの朝ドラは、チーフ演出含め主に3人のディレクターが演出を担当している。そのうちのひとり、野口雄大(のぐち・ゆうた)さんが担当した週は登場人物たちのターニングポイントとなる場面も多かった。自身が演出を担当した中で、特に印象に残っている場面などを聞いた。(インタビュー・構成/霜田明寛)

「嵩ー! ボケェ――!」と叫ぶシーンで「手のひらを太陽に」を歌う予定はなかった
野口雄大(以下、野口):『あんぱん』の中で僕の最後の担当となった第21週『手のひらを太陽に』は、のぶが嵩と夫婦喧嘩をし、最終的にアンパンマンの原型となる絵が生まれるという話でした。仕事をクビになったのぶは「自分は何者にもなれなかった」という思いがあり、その思いに「どう折り合いをつけていくのか」を主題にした週です。一方で、嵩自身も、漫画以外の仕事が多くなることで葛藤を抱えています。

2008年に日大芸術学部を卒業後、映像制作の仕事に従事し、2018年に日本放送協会(NHK)ドラマ部のディレクターに。NHKでの主な演出担当作品に『エール』、『どうする家康』『恋せぬふたり』などがある。2023年に自身で脚本・監督・プロデューサーを務めた短編映画『さまよえ記憶』をプライベートで制作。2025年9月より(株)NHKエンタープライズ所属。
野口:今田美桜さんと北村匠海さんとディスカッションをした上で「2人がアイデンティティを取り戻す」というテーマを持って挑むことに決めました。山でのぶが叫ぶシーンは、もともと台本に「ボケェー」という言葉はなかったんです。でも、今田さん、北村さん、と話した上で、付け加えました。結果「嵩ー! ボケェ――!」と叫ぶシーンはインパクトがあるものになったのではないかと思います。結婚してからは、のぶは嵩を「さん付け」で呼んでいて、高知の方言よりも標準語で多く話すようになっていたのに、ここでは昔のような口調で、呼び捨てに戻っています。絵を描いている嵩に救われたのぶ――という幼少期の関係性に戻ることで、それぞれが大事にしていたものを取り戻すことになります。嵩かのぶのどちらかではなく、お互いのアイデンティティだったり、重ねていったこれまでの時間がアンパンマンを生み出すという形にしたかったんです。
また、悩みの中にいる2人ですが、僕は基本的に過去の回想などではなく、現在ののぶが嵩を突き動かす感じにしたいと思っていました。「嵩」=「山」というイメージで見ていたので、のぶの気持ちが嵩という山を動かした表現になるように、ドローンを使いました。のぶのダイナミックさや溢れ出るパワーも映像から伝わっていたら嬉しいですね。
あとはもともと、あのシーンでのぶが『手のひらを太陽に』を歌う予定はなかったんです。「生きているから悲しいんだ」という歌詞ってすごいですよね。やなせさんは「悲しみがあるから喜びがある」と語っていました。人間は生きているからこそ、つらさや痛み、悲しみを感じることができる。その悲しさは「生きている証」だと考えていらっしゃったから、あの歌詞が生まれた。やなせさんにしか書けない詩的な余韻や力強さを感じていました。
だからこそ、あの曲を、生きているからこそ苦しんでいる嵩に重ねようという発想に至りました。

蘭子と豪の名シーンはテストなしのぶっつけ本番だった
他にも野口さんの演出週で話題を呼んだのは、第6週『くるしむのか愛するのか』。出征の決まった豪(演・細田佳央太)とのぶの妹、蘭子(演・河合優実)が結ばれる週だ。
野口:蘭子が豪に「無事戻ってきたら、わしの嫁になってください」と言われるも、すぐには返事ができず、蘭子は自分の想いが伝えられない――というシーンがあります。あそこは、最初に河合優実さんから、あの段階ではさすがに想いを伝えられるんじゃないか、臆病になる演技が難しいという相談を受けました。そこでディスカッションを重ねた後に、彼女が出してきたのが、髪の毛を触って悩む――というお芝居でした。あのシーンは普段にも増して、感情が重要なので、テストなしで本番にいきなり臨んでもらったんですが、髪を触る演技を初めて見た時、「こうきたか!」と心を揺さぶられました。
そして、のぶ、羽多子(演・江口のりこ)が蘭子の背中を押していくという、それぞれの感情がつながっていく流れが生まれました。

あえて目線を合わせないことで感情を表現したシーンとは!?
一方、第21週にはその蘭子と八木(演・妻夫木聡)がぶつかるシーンもあった。
野口:互いにあまり多くを語らないキャラクターであり、お二人が二人きりになったときに作り出す雰囲気が素晴らしいので、それが伝わるよう、なるべく引きの画で撮るようにしました。八木が、蘭子の書いている映画評に苦言を呈するシーンがあるんですが、そこは、目線を合わせて直接言うパターンもあったとは思うのですが、八木が背中越しに伝えるという演出をしています。目線を合わせないほうがそれぞれの感情が出やすいので、自然と伝わるものもあると思うんですよね。
『あんぱん』に限った話ではありませんが、朝ドラは、脚本という素晴らしい設計図があるので、ディレクターはそれぞれの色を出して、刺激し合うことが醍醐味だと思っています。僕も脚本と向き合いながら、自分なりに解釈し、映像表現をしていく。ときには他のディレクターの解釈に気づきを与えてもらいながら撮影を続けてきました。

そんな野口さんだが、実は、NHKの外でも自主的に映像作品を作って発表しているという異色の経歴の持ち主だ。NHKでの仕事と並行し、デジタルハリウッド大学の大学院にも通い、映画制作について学んだ。その大学院の修了課題制作として、有休を使って映画撮影を行い『さまよえ記憶』という短編自主映画を発表している。
9月からはNHKエンタープライズに出向し、新たな道を歩み始めた。『あんぱん』の演出を終え、今後の人生をどう歩んでいくのだろうか。
野口:『あんぱん』では、自分の祖父とやなせたかしさんを重ねることで演出をしていきました。僕の祖父はやなせさんの4歳下で、シベリアで抑留されて帰って来るといった戦争経験をしています。数年前、祖父が亡くなったときに、僕は自分が人の物語を描く仕事をしていながら、一番近い存在である祖父の物語を遺せなかったということに深い後悔の念を抱きました。今回『あんぱん』では、奇しくも祖父と同じ時代を生きたやなせさんを描くことになりました。「こういう時代に生きてきたんだな」とか「戦争から帰ってきたときはどんな気持ちだったんだろう」などと祖父が生きた時代やその時代に生きた人々の気持ちを常に想像しながら、自分の祖父を描くのだというくらいの覚悟で向き合いました。
もちろん、やなせさんの過去のインタビューを多く見たのですが「満員電車に乗り込み、あきらめて途中下車せずに立ち続けていたら、あるとき目の前の席が空いた」と、おっしゃっていたんですよ。他の人たちは、途中の駅で降りてしまったりしたけれど、自分はたまたま降りないで、乗り続けていたんだ、と。言葉通り、やなせさんは漫画に限らず様々な仕事をしながらも、電車に乗り続けて、人生の後半でアンパンマンという集大成のような大ヒットを生み出すわけですよね。「何でも屋」と言われて、もしかしたら、本人は望んでいなかったような仕事もあったかもしれないけど、それが結局、のちのアンパンマンに全部つながってくる。僕はこの言葉にとても深みを感じました。僕自身も『あんぱん』を演出させてもらった身として、この意志を勝手に受け継ぎ、さらには戦争を経験した祖父の遺志も乗せながら、電車から降りずに映像を作り続けていきたいと思っています。