アメリカ同盟国の
「対中包囲網」への距離

 EU各国はアメリカの姿勢に戸惑い、独自外交を模索している。

 ドイツは中国市場への依存を断ち切れず、フランスのマクロン大統領は「ヨーロッパの戦略的自律」を掲げる。ASEAN諸国は米中双方と均衡を取り、インドは米国との防衛協力を進めながらもロシア原油を大量に輸入し、中国との関係を深めている。

 同盟国にとっては「アメリカを全面的に信頼するのは危険」という考え方すら広まっており、結果として、米中二股外交が常態化したかっこうだ。

 インドの動きは特に深刻だ。

 1期目のトランプ政権では、日米豪印が協力し、中国の一帯一路に対抗する形でインフラ投資を進め、日米豪印による海上共同軍事演習の「マラバール」も拡充された。

 だが、ウクライナ戦争後にインドはロシア原油の輸入で経済を潤し、BRICSや上海協力機構を通じて中ロとの関係を強めている。モディ首相はトランプ大統領から決別して直通電話にすら応じなくなっている(「『そりゃ無理だ…』ノーベル賞狙いのトランプがインドのモディ首相に突きつけた『屈辱の要求』とは?」を参照)。

 もともとインドは経済面で中国に大きく依存しており、クアッドの軍事同盟化に消極的であったが、近年はクアッド自体に距離を置く姿勢を鮮明にしつつある。

 このままインドが中ロ側に傾けば、台湾有事における多国間抑止力は大きく損なわれる。

「安倍不在」が影響した
トランプ外交の「劣化」

 1期目のトランプ政権で同盟国が参加しての「中国包囲網」を維持できた理由の一つとして、安倍元首相の存在があった。

 安倍元首相は上述したように、トランプ大統領に天皇陛下との謁見(えっけん)を実現させ、日本優遇に成功している。安倍元首相が仕掛けたトランプ大統領のもてなしには伝統文化を体験させ、トランプ大統領の自尊心をくすぐる演出があった。

 加えて「ゴルフ外交」も大きな役割を果たした。安倍元首相とトランプ大統領は複数回ラウンドを共にし、公式会談では得られない率直な対話を重ねた。ゴルフ場で築いた信頼関係は、対中包囲網にトランプ大統領を引き戻す心理的な装置となった。

 さらに、安倍昭恵夫人も重要な役割を果たした。メラニア夫人との交流を通じてファーストレディ外交を展開し、首脳間の信頼を支えた。ワシントンや東京での晩餐(ばんさん)会では昭恵夫人の自然体の振る舞いが話題となり、ホワイトハウス内でも「安倍夫妻は特別な存在」と評価された。

 安倍元首相の功績は、トランプ大統領を国際協調の場に引き寄せ、インドのほか、ロシアやEU、南米やアフリカ、国連などのあらゆる外交舞台でアメリカが孤立しないように配慮していたことにある。

 トランプ大統領も北朝鮮拉致問題など安倍元首相の重要政策を支援し、これに応えようとしている。

 だが、2022年の安倍元首相の暗殺でこうした装置は失われ、1期目で成し遂げられた外交成果は、2期目に次々と機能を失った。