【日本人の正体】国籍よりも血統よりも大切なもの…日本ならではの「特殊性」とは?
「経済とは、土地と資源の奪い合いである」
ロシアによるウクライナ侵攻、台湾有事、そしてトランプ大統領再選。激動する世界情勢を生き抜くヒントは「地理」にあります。地理とは、地形や気候といった自然環境を学ぶだけの学問ではありません。農業や工業、貿易、流通、人口、宗教、言語にいたるまで、現代世界の「ありとあらゆる分野」を学ぶ学問なのです。
本連載は、「地理」というレンズを通して、世界の「今」と「未来」を解説するものです。経済ニュースや国際情勢の理解が深まり、現代社会を読み解く基礎教養も身につきます。著者は代々木ゼミナールの地理講師の宮路秀作氏。「東大地理」「共通テスト地理探究」など、代ゼミで開講されるすべての地理講座を担当する「代ゼミの地理の顔」。近刊『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』の著者でもある。

【日本人の正体】国籍よりも血統よりも大切なもの…日本ならではの「特殊性」とは?Photo: Adobe Stock

【日本人の正体】国籍よりも血統よりも大切なものとは?

 石川県金沢市で発見されたおよそ1500年前(古墳時代)の人骨をDNA解析したところ、現代日本人に見られる東アジア人特有の遺伝的特徴が確認されたといいます。

 2021年9月、金沢大学や鳥取大学などの国際研究チームが発表したこの調査結果は、従来の二重構造モデル(縄文人と弥生人の混血)だけでは説明しきれない三重構造の可能性を示唆し、古墳期に新たな集団が加わって現代日本人の源流が形成されたのではないかという新説を打ち出しました。

 古墳時代とは3世紀後半から7世紀ごろを指し、多くの前方後円墳がつくられた時代ですが、同時にユーラシア大陸からの渡来人が活発に移住してきたとも考えられるわけです。

 一方、沖縄県で発見された港川人の人骨(およそ2万年前)を解析したところ、現代日本人とは遺伝的に大きく異なる特徴がみられました。気候変動や食料事情が不安定だった最終氷期(およそ7万年前から1万年前)の頃に日本列島へ到達した集団が定住できず、やがて絶滅に近い形を辿った可能性があるとのことです。

 つまり、私たちが「日本人」と呼ぶルーツはさまざまな段階での移住や混血を経て複雑に出来上がったらしく、それらが古墳時代にほぼ完成形へと近づいたとする見解が浮上しているわけです。

法的定義と文化的定義の二重性とは?

 こうした人類学・考古学的な分析を踏まえて、「日本人とは何か」をさらに深く考えてみると、DNAや人骨だけでは説明が尽きない側面があります。民族を民族たらしめるのは、単に遺伝情報ではなく、文化にこそあるといわれるからです。

 実際、現代の国民国家では「○○国籍を有する」という客観的事実で民族を区分することが多く、「日本人」を日本人たらしめる要素としては「日本国籍の所持」「日本語を話す」「日本国内で生活している」などが挙げられます。しかし、そこには本人の主観的な帰属意識も作用し、例えば金髪で青い目の外国人が日本に長く住み、日本文化を愛して日本人としての生活様式を実践しているならば、社会的には日本国籍がなくとも本人が「自分は日本人だ」と思う事例もあり得るわけです。

 わが国は国境と言語境界が一致しているという地域性があるからこそ、例えば「セルビア人」という名称を聞くと、それが「セルビア国籍を有するセルビア語話者」なのか、「コソボ国籍を有するセルビア語話者」なのか、我々に考える動機が生まれないわけです。ベルギーやスイスなど、世界には国内に複数の言語境界が存在する国が多数存在します。

 そうした議論をさらに突き詰めると、「日本人」には法的な定義と文化的・主観的な定義があるといえそうです。法的には「日本国籍を有すること」が基準となりますが、文化的には「日本語を日常的に使う」「生活習慣や価値観を共有する」などの側面があります。そこには皇室制度という独特の存在も深く関係しているのかもしれません。

 イギリスやオランダ、デンマークなどは国王がいる一方、アメリカ合衆国やフランス、パラオのように大統領が国家元首を務める共和制の国もあるなか、日本は天皇を象徴として戴くシステムを継続させています。これは世界的に見るとかなり特異な制度であり、それ自体が日本固有の文化ともいえます。

 文化が異なる複数の民族が国内で同居する状況は、ときに「争いの火種」となりがちです。幸いなことに、現在の日本で生活する大半の人々は日本語を使い、共通の文化・歴史感覚をなんとなく共有してきました。しかし、世界に目を転じると、それを実現するのは決して容易ではないと理解できるでしょう。文化継承は絶え間ない努力を要し、ひとたび断絶すれば民族そのものが消滅しかねないからです。だからこそ、これは日本の地域性といえます。

日本人という呼称の成立過程

 振り返ると、「なぜ私たちは日本人と呼ばれるのか」という問いには、古代からの渡来人や港川人のような先住集団、それに伴う混血や移住の歴史が重なっていることがわかります。さらに大陸との政治外交のなかで「倭」から「日本」へ改称したエピソードや、明治以降の近代国家形成による国民意識の醸成によって、日本人という呼称が浸透しました。

 しかし、それは単に国籍や遺伝情報だけで一体化したわけではなく、言語や宗教、そして天皇を戴く国家体制や生活文化といった多面的な要素を通じて、今の日本人像が形づくられているのです。

 最終的に、「日本人」とは何かを問う作業は、人類学的に見れば縄文・弥生・古墳時代のDNA解析から始まり、歴史学的には国号の変遷や近代の国民国家づくり、さらには文化人類学的に言語、風習、主観的アイデンティティーまでを射程に収める多層的なテーマとなります。その複雑さは、日本列島という地理的空間に多様な人々が行き着き、混じり合い、文化を形成してきた歴史が裏付けています。

 私たちが当たり前に思う日本文化や日本語などは、実は世界的に見て特異な要素を多く含んでおり、それらを保持し続けてきたことが今の私たちを日本人たらしめているわけです。つまり、国籍という客観的区分に加え、文化を絶えず継承しようとする主観的な意志、その両輪が回ってこそ日本人のアイデンティティーが維持されているのかもしれません。

(本原稿は『経済は地理から学べ!【全面改訂版】』を一部抜粋・編集したものです)