ルイ・ヴィトンのパリ本社に17年間勤務しPRトップをつとめ、「もっともパリジェンヌな日本人」と業界内外で称された藤原淳氏が、パリ生活で出会った多くのパリジェンヌの実例をもとに、パリジェンヌ流「最高の自分になるための神習慣」を提案したのが、著書『パリジェンヌはダイエットがお嫌い』。かつて痩せることに時間と労力を費やし、「痩せればいろいろなことを解決できる」と頑なに信じていた著者。しかし、多くのパリジェンヌと出会った今、その考えは根本から間違っていたと言います。パリジェンヌのように自身と向き合い、心身のバランスを整える習慣を日々実践することで、自分らしい美しさと自信を手に入れることができるのです。この記事では、本書より一部を抜粋、編集しパリジェンヌのように幾つになっても魅力的に生きる秘訣をお伝えします。

パリジェンヌの食へのこだわり
パリジェンヌと一緒に食事をしていつも思うのは、調理法や仕上げにやたらうるさいということです。同じサラダを注文しても、
「これを抜いて、あれを付け加えてください。あと、ドレッシングはオリーブオイルと塩だけね」
と細かな指示を出す人が多いのです。それに加え、近頃は素材の生産地や栽培方法を気にする人が増え、パリジェンヌの食に対するこだわりはますます強くなっています。
「口に入れるものはどこから来ているのか、きちんと把握しておきたいわ」
そう言うのはイリスです。彼女は化学肥料や添加物にうるさく、イベントのケータリング会社にもかなり厳しい制約をかけることで有名です。
そんなイリスでも、若い頃はかなりの偏食だったと言います。パリジェンヌ歴25年のイリスは元々イギリス人です。学生時代にパリで暮らし始めたそうですが、その頃の彼女はファスト・フードやスナック菓子ばかり食べていたそうです。
そのせいか、医者に注意されるほどの肥満体質で、そのことがコンプレックスとなり、引きこもりに近い生活をしていたというのですから私は唖然としてしまいました。人は見かけによらないものです。
そんな彼女の転機はいつ、訪れたのでしょう。そう聞くと彼女は、
「日曜の朝、うちにいらっしゃい」
と言います。とっておきの秘密兵器を見せてくれると言うのです。
偏食からの転機は“りんご”
その次の日曜日、なかなか起きられない私がイリスの家を再び訪れたのは、11時を過ぎてからでした。仕事に忙殺されていたその頃、週末をひたすら寝て過ごしていた私にとって、昼前に起きるというのは至難の業だったのです。
重い足を引き摺りながらやってくると、イリスはさっそく私を連れ出しました。待ちかねていたようです。行き先は週末になると近所に並ぶ、青空市場です。俗に言うマルシェです。時は2月、気温は0度。ブルブル震えていた私ですが、マルシェは人で賑わい、活気づいています。そして所狭しと色とりどりの生鮮野菜や果物が並んでいます。
普段マルシェに来ない私は目移りしてしまいました。お肉屋さん、お魚屋さんにお花屋さん、蜂蜜屋さんまであります。あちらこちらからいい匂いが漂ってきます。イリスは私にお構いなく、人をかき分けながら奥へ、奥へと進みます。ついていくのが精一杯です。
イリスがやっと止まった場所はりんご屋さんの前でした。文字通り、りんごしか売っていません。しかも、お世辞にも「きれい」と言えるりんごではなく、不揃いのりんご、傷の付いたりんご、ゴツゴツしたりんごです。日本では「規格外」などと言われそうなものばかりです。
そのお店の前には既に大行列ができています。最後尾についたイリスは言いました。
「このりんごで私の人生変わったのよ」
スナック菓子ばかり食べていた頃、偶然行き当たったこのりんご屋さんで何気なく買ったりんごがびっくりするくらい美味しく、はまってしまったと言うのです。それ以来、イリスは小腹が空いた時にポテトチップではなく、りんごを食べるようになり、それが食生活を改善するきっかけになったと言います。イリスの秘密兵器はりんごだったのです。
すっかりお馴染みの彼女はシワシワのおばあさんと仲良くおしゃべりしています。その間、おばあさんのお孫さんたちが客対応に忙しく立ち回っています。ノルマンディー地方から毎週末やってきてはパリのマルシェに出店するというそのりんご農家は家族経営なのです。
生産者の顔が見える贅沢
その日イリスが買ったのは、生食用と焼き菓子用の2種類のりんご、そしてりんごジュース、更にはおばあちゃんの手作りコンポートです。そう、この間の夜、イリスがデザートに出してくれた、あのとびきり美味しいりんごのコンポートです。
りんごばかりではなく、イリス家のディナーで出されたじゃがいも、サラダ菜、トマトも全てマルシェで調達されていることがわかりました。イリスは1週間分の食材を毎週末買いだめしているのです。
「生産者の顔が見えるって、最高の贅沢よね」
そう言う彼女は、マルシェに出店しているのは実際、小売業者の青果店が多く、生産者は少数派だと言います。どうやって見分けるのか聞いてみると、イリスは簡単だと言います。
生産者のスタンドの前はいつも大行列なのです。並ぶのが大嫌いなパリっ子がおとなしく待っているところを見ると、「生産者の顔が見える」旬の野菜や果物を好むのはイリスだけではないようです。
帰り道、イリスは買ったばかりのりんごを一つ、差し出してくれました。宝石のように美しい日本のフルーツを見慣れている私は少し躊躇してしまいました。言われなければわざわざ買わなかったであろう代物です。思い切って齧ってみると、それは未だかつて食べたことがないくらい美味しいりんごでした。
りんごおばあちゃんの皺くちゃの笑顔を思い出しながら、私はあっという間にその大きなりんごを食べ終えてしまったのでした。