人類の歴史は、地球規模の支配を築いた壮大な成功の物語のようにも見える。しかし、その成功の裏で、ホモ・サピエンスはずっと「借りものの時間」を生きてきた。何千年も続いた栄光は、今や終わりが近づいている。なぜそうなったのか? 発売たちまち重版となった『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』は、人類の繁栄の歴史を振り返りながら、絶滅の可能性、その理由と運命を避けるための希望についても語っている。竹内薫氏(サイエンス作家)「深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、著者の筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快な読後感になっている。魔法のような一冊だ」など、日本と世界の第一人者から推薦されている。本書の内容の一部を特別に公開する。
病原体と人類
遺伝的な多様性は、病気が広がるのを防ぐための非常に大切な備えとなる。今から二十億年以上前、生物は遺伝情報の組み合わせを絶えず変化させる方法を進化させた。これは病原体の進化に先んじるための工夫であり、「性」と呼ばれる仕組みである。
一般に、自分自身のコピーをつくることで増える生物は、性的に繁殖する生物よりも病気に対して脆弱になりがちだ。遺伝的多様性に支えられている仕組みのひとつが免疫系である。
ほとんどの生物には、生まれつき備わっている一定の病気への防御力、「自然免疫」と呼ばれる仕組みがある。一部の動物(人間を含む)では、生まれつき備わっている免疫(自然免疫)に加えて、経験から学習できる獲得免疫という仕組みがある。
ウイルスに対抗する方法
病気にかかって生き延びた場合、体はその病原体の記憶を残し、次に同じ病気に直面したときにはより素早く、効果的に対処できるようになる。この記憶力を活用したのがワクチンである。
ワクチンでは、死んだり弱毒化されたりした病原体を体に投与しておき、いざというときに備えて免疫を訓練する。
現在のところ、ウイルス性疾患に対抗する確実な方法はワクチンしかない。ワクチンのおかげで、かつて恐れられていた天然痘やポリオ(小児まひ)は絶滅、あるいはきわめて稀な病気となった。
本当の脅威
本当に人類にとって脅威となるのは、人々にとって未知の病気――たいていは別の動物から人間にうつった感染症である。
こうした新たに現れた病気は、しばしば非常に強い毒性(病原性)を持つ。つまり、発症すると重篤になりやすく、命を脅かすこともある。
ただし、毒性が強すぎる病気は、そのぶん急速に人々のあいだに広がって多数の命を奪ったとしても、やがて自ら消えていくことが多い。というのも、感染できる人間をすべて殺してしまえば、その病気自体も広がる相手を失い、自然と絶滅してしまうからだ。
イングランド発汗熱の恐怖
歴史には、現代では存在しない、非常に致死性の高い病気の記録が数多く残されている。そのひとつが「イングランド発汗熱(粟粒“ぞくりゆう”熱)」と呼ばれる病である。
この病気は一四八五年、バラ戦争の終結とヘンリー七世の戴冠と同時に突如としてイングランドに現れ、感染すると数時間以内に命を落とすことさえあった。
最後に記録された流行は一五五一年で、それ以降、この病は忽然と姿を消した。その正体はいまだにわかっていない。
たいていの場合、病気とその宿主である人間のあいだには、ある種の「折り合い」がつくようになる。病原体は徐々に毒性を弱め、人は感染しても重症化せず回復するようになっていく。
ただし、その前に他の人へ感染させることは多い。そしてこの段階になると、その病気は「人間に定着した病」として根づくことになる。
(本原稿は、ヘンリー・ジー著『ホモ・サピエンス30万年、栄光と破滅の物語 人類帝国衰亡史』〈竹内薫訳〉を編集、抜粋したものです)
著者:ヘンリー・ジー
「ネイチャー」シニアエディター
元カリフォルニア大学指導教授。一九六二年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学にて博士号取得。専門は古生物学および進化生物学。1987年より科学雑誌「ネイチャー」の編集に参加し、現在は生物学シニアエディター。ただし、仕事のスタイルは監督というより参加者の立場に近く、羽毛恐竜や最初期の魚類など多数の古生物学的発見に貢献している。テレビやラジオなどに専門家として登場、BBC World Science Serviceという番組も制作。前作『
超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)は、優れた科学書に贈られる、王立協会科学図書賞(royal society science book prize 2022)を受賞し、ベストセラーとなった。
訳者:竹内 薫(たけうち・かおる)
1960年東京生まれ。理学博士、サイエンス作家。東京大学教養学部、理学部卒業、マギル大学大学院博士課程修了。小説、エッセイ、翻訳など幅広い分野で活躍している。主な訳書に『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』(ロジャー・ペンローズ著、新潮社)、『WHOLE BRAIN 心が軽くなる「脳」の動かし方』(ジル・ボルト・テイラー著、NHK出版)、『WHAT IS LIFE? 生命とは何か』(ポール・ナース著、ダイヤモンド社)、『
超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)などがある。
自然科学と人文科学の間に見事に橋を渡し、人類の未来に対する深い洞察を与えてくれる――訳者より
ヘンリー・ジーの最新作『人類帝国衰亡史』は、ホモ・サピエンスの起源から絶滅の予兆までを描いた、壮大な叙事詩である。
全体は「台頭」「凋落」「脱出」の三部からなり、人類の物語をあたかも古代ローマ帝国の興亡になぞらえて描いている。
第一部「台頭」では、人類の祖先である初期ホミニンの登場から始まり、二足歩行という決定的特徴により他の類人猿と一線を画した道を歩み始めた経緯を語る。
第二部「凋落」では、ジーが指摘する「転落の始点」およそ五万~二万五千年前、ホモ・サピエンスが唯一の生き残った人類種となった瞬間――から、不可避の衰退が始まったとしている。
農業の発明、家畜化、都市化、そして人口爆発に至るまで、人類の繁栄がいかに生態系と自らの生存基盤を侵食してきたかを、遺伝的多様性の低下、農業依存、感染症の蔓延などの事例とともに描いている。
第三部「脱出」は、暗い未来の中に差す希望の光を描いている。ジーは、宇宙移住や技術的進化によって、人類が絶滅を免れる可能性を模索する。そのためには「一つの種」であることをやめ、多様な「ポスト・ヒューマン」への分岐を果たすことが必要だと主張する。
本書の主張は衝撃的だ――ホモ・サピエンスの衰退はすでに始まっており、絶滅は不可避、しかもそれは今後一万年以内に起こりうる、というのである。
しかし本書は単なる悲観論ではない。むしろ、「今が転換点だ」と、強く警鐘を鳴らし、私たちの選択と行動によって未来は変えられると示唆している。
この本が持つ意義は、まず第一に、人類史を扱う際の「時間スケール」を根本から問い直す点にある。本書は、進化生物学、古人類学、人口統計学、気候科学、未来学といった異なる学問領域を横断的に見渡し、人類の歴史を単なる文明の興亡ではなく、「生物の興亡」と位置づける。
それにより、読者は地球四十六億年の歴史の中で人類という存在が占めるわずかな時間の重みと、その有限性を直感的に理解することができる。
ところで、本書は自然科学の枠組みで書かれているが、文系読者にも強くオススメしたい。本書は、人類史をひとつの「物語」として味わうことができるよう工夫している。
科学的な事実を詩的かつウィットに富んだ言葉で描き出すジーの文体は、文学的素養を持った読者に強く訴えかける。加えて、本書は人間という存在を「時間」「空間」「存在」という三つの軸から捉えようとする学際的な試みでもあり、自然科学と人文学を統合する現代的な知のスタイルを象徴している。
科学と人文学の垣根を越えた本書は、理系・文系を問わず、人類の過去と未来に深い関心を持つすべての読者にとって、貴重な知的体験となるはずだ
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竹内薫氏(サイエンス作家)
「深刻なテーマを扱っているにもかかわらず、著者の筆致がユーモアとウィットに富んでおり、痛快な読後感になっている。魔法のような一冊だ」
けんすう氏・大絶賛!
「人類がそろそろ滅亡する理由がこれでもか?!ってほどわかります!」