それは170cmほどのクマで、蹴っ飛ばすなどして抵抗したものの、爪で顔をかかれて、目の下の骨が露出した。

「ところが、2、3度攻撃したかと思ったら、藪に帰っていったらしい。運がいいよな」

臆病なクマが
牙を剥いた驚きの理由

 もう1例は、近所のリンゴ農家。リンゴ畑にいたクマに、背後から襲いかかられ、鼻を喪失。ドクターヘリで運ばれたという。

「なくなった顔の肉を埋めるのに、尻の肉を手術して移植したんだ」

 釣り師の例は、何かのはずみで驚いたクマが襲いかかったものかもしれないが、リンゴ農家のクマは「リンゴは自分の獲物」ととらえたのだろう。臆病なクマではあるが、そうなると、自分の領域を侵そうとするものに牙を剥く。

「もし俺がその場にいても、やっぱりやられちゃったんじゃないの。なにしろ、鉄砲を持ってたって、やつらはおっかねえんだから」

高柳さんの手のひらよりも大きいクマの足跡高柳さんの手のひらよりも大きいクマの足跡
『日本クマ事件簿』より転載(写真:高柳盛芳) 拡大画像表示
高柳さん高柳さん 『日本クマ事件簿』より転載(写真:高柳盛芳) 拡大画像表示

クマの好物で
出現する場所を推測できる

 それでは、クマとの遭遇を避けたいわたしたちにできることは、どんなことだろうか。

「基本的に、クマは生きるため、食うことに必死。だからこそ俺たち猟師はその習性を利用して、エサ場に先回りするわけだ」

 奥利根のクマが冬眠から覚めるのは4月の半ば。そのころ彼らが食べるのは、前年に落ちたドングリだという。

「5月になると山菜だね。フキノトウやタムシバの花、ブナの新芽も大好きだよな」

 夏になると、サワガニを食べ、ハチやアリの巣を荒らす。夏も後半になると、ミズキの実を好んで食べるという。山登りをするならば、これらのことを頭の片隅に置いておきたい。