38歳でFIREした医師に待ち受けていた「意外な落とし穴」
働きながら株で資産50億円を築いた“本当に儲かる3つの投資術”を初公開――余命宣告を受けた医師 兼 個人投資家の父が愛娘に捧げる著書『50万円を50億円に増やした 投資家の父から娘への教え』(ダイヤモンド社)。4度の手術を経て、49歳で肺と肝臓へのがん転移が判明。主治医からは「50歳は迎えられても51歳はわからない」と宣告された著者が、50万円を50億円に増やした投資法を愛娘に向けて全力指南。再現性の高い3つの投資法をマスターすれば、忙しく働きながらも「一生困らないお金」を稼げるようになる。「人生の集大成として、出し惜しみ無しで、魂を込めて書きました」(著者より)。
※本稿は『50万円を50億円に増やした 投資家の父から娘への教え』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。
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38歳のときFIREを決断
結婚して娘たちが生まれてからは、夫婦共働きということもあり、子育てを優先しなければならず、株のために時間を割くことが難しくなった。
ちなみにその10年の間に、僕は勤務医を辞めた。38歳のときだった。
君たちが生まれて株の勉強に力を入れなくなってからというもの、明らかにパフォーマンスは低下。僕の投資成績は企業分析に裏づけられたものだから、それは仕方ないことだった。
それでも株は好きだったし、相変わらず「医師の仕事はほどほどに」という感じだったから、次第に「一生食べるに困らない資産があることだし、仕事をやめて専業投資家になるのもいいかも」と思うようになった。
「金持ち父さん」に憧れた決断
そうなると、僕は行動が早い。勤務医を辞して、専業投資家になってみたんだ。その背景には、かつて読んだロバート・キヨサキ著『金持ち父さん 貧乏父さん』で学んだ「アーリーリタイア」という概念があった。
いまでいうところのFIRE(経済的自立と早期リタイア)だが、同書には「お金のために働くよりも、仕事をやめて遊んで暮らそう」のように書かれており、僕自身も株をやりながら、アーリーリタイア後の自由な生活を夢見ていた。
わずか半年で終わった「自由な生活」
でも、結果からすると「専業投資家」の生活は、半年ほどで終わりを告げた。
理由はいくつかある。専業投資家ということは、基本は自宅で過ごすことになる。家事や育児に関しては、基本的には君たちの母さんのほうが多く分担してくれたけれど、家事も育児も、どうしても人それぞれやり方が違う。
僕がよかれと思って、母さんと違うやり方でやったり、口を出そうとしたりすると、それをきっかけに夫婦げんかになることもあった。
また、僕の投資法は、毎日パソコン画面に張りついて頻繁に短期売買を繰り返す「デイトレード」ではなく、基本的には中長期で保有するスタイルだから、とくに忙しくはない。



