「結果を出す人」は、何を考えているのか? それを明らかにしたのが、プルデンシャル生命で伝説的な成績を残したビジネスアスリート・金沢景敏さんの最新刊『超☆アスリート思考』です。同書で金沢さんは、五輪柔道3連覇・野村忠宏さん、女子テニス元世界ランキング最高4位・伊達公子さん、元プロ野球選手・古田敦也さん、元女子バドミントン日本代表・潮田玲子さんほか多数のレジェンドアスリートへの取材を通して、パフォーマンスを最大化して、結果を出し続ける人に共通する「思考法」を抽出。「自分の弱さを認める」「前向きに内省する」「コントロールできないことは考えない」「やる気に頼らない」など、ビジネスパーソンもすぐに取り入れることができるように、噛み砕いて解説をしています。本連載では、同書を抜粋しながら、そのエッセンスをお伝えしてまいります。

スポーツもビジネスも、超一流は「ネガティブ思考」の持ち主である理由写真はイメージです Photo: Adobe Stock

「悲観主義」こそが「強さ」の源である

 トップアスリートはポジティブである――。
 そう思っている人が多いのではないでしょうか?

 たしかに、勝利をおさめたアスリートがメディアなどに登場すると、

「絶対に勝てると信じていた」
「ミスしてもすぐに切り替えた」
「チャレンジするのが楽しい!」

 などといった、前向きで楽観的な言葉が強調されることが多いですね。
 だから、「やはりトップを取る選手は、徹底したプラス思考なんだな」と感じるのは当然のことだと思います。

 しかし、実態はもっと複雑です。
 もちろんトップアスリートが、どんなに困難な局面でも、勝利をあきらめないポジティブな側面をもっているのは間違いのないことです。

 しかし、それと同時に、彼らの心のなかでは、「試合本番でぶざまに負けている自分の姿」などの悲観的なイメージが湧き上がり、「不安」「心配」「恐怖」「焦り」などのネガティブ感情が渦巻いているのも事実なのです。

 そして、実は、その悲観主義こそが、彼らをトップアスリートたらしめているのではないかと、僕は考えています。

 なぜなら、「最悪の未来」を悲観的に思い浮かべるからこそ、そのような事態に陥らないために、細心の注意を払いながら徹底的に準備をするからです。「なんとかなる」という安易な楽観主義ではなく、「このままでは失敗する」という悲観主義こそが、彼らの「強さ」を生み出す原動力になっていると思うのです。

金メダルを獲った直後に、「悲観的な未来」を想像する

 オリンピック3連覇を成し遂げた柔道家・野村忠宏さんは、その典型です。
 野村さんの五輪デビューは、1996年のアトランタ五輪。当時はまだほぼ無名だった野村さんですが、幼少期から一貫して磨き上げてきた「背負投げ」を武器に、目が醒めるような「一本」を連発。圧倒的な強さを見せつけて金メダルをつかみ取ると、一夜にしてその名は世界中に知れ渡りました。

 しかし、賞賛の嵐のなか、野村さんの胸中にあったのは「危機感」だったそうです。
 なぜなら、アトランタでは完全にノーマークだった野村さんですが、金メダルを獲ったことで、これからは世界中の選手が野村さんの「背負投げ」を徹底的に研究・攻略してくるに違いないと考えたからです。

 そして、4年後のシドニー五輪で、自慢の「背負投げ」が封じ込められて、相手に投げ飛ばされるという「悲観的な未来」をまざまざと思い浮かべては、何度も震え上がったそうです。

 この悲観主義が野村さんの真価を引き出します。
 野村さんは、「悲観的な未来」を想像しながらこう考えたのです。

 自分の武器が「背負投げ」だけだったら、4年後には通用しなくなるだろう。であれば、背負投げ以外の技を磨き上げればいい。背負投げを一つの軸としながら、第2、第3の軸をつくればいいのだ、と。

 そこで野村さんは、4年の歳月をかけて試行錯誤を繰り返しながら、「大外刈り」「内股」「肩車」などの技を習得。最大の武器である「背負投げ」に比べれば、技としての完成度は低いものの、世界でも通用するレベルにまで引き上げることに成功したのです。

 そして迎えたシドニー五輪――。
 野村さんの強さは、世界を圧倒しました。

 予想どおり、世界中の選手が「背負投げ」対策をしてきましたが、それを苦もなく封殺。相手の「背負投げ」を警戒する動きを利用して、「大外刈り」などを仕掛けることで一本勝ちを連発していきました。

 そして、決勝戦まですべて異なる技で勝ち上がり、決勝戦ではなんと開始14秒で一本勝ち。まさに衝撃的なまでの「強さ」を見せつけながら、オリンピック2連覇を達成することに成功したのです。

 まさに敵なし。絶対王者とも言える「強さ」でしたが、その圧倒的なパフォーマンスを生み出したのは、驚くべきことに、「シドニー五輪で背負い投げは通用しないかもしれない」という、徹底した悲観主義だったのです。

全日本男子柔道監督は「異常な準備」をする

 同じく柔道家の井上康生さんも、準備には徹底的にこだわりました。
 現役時代に、シドニー五輪で金メダルを獲得した井上さんは、その後、全日本男子柔道監督として東京五輪では史上最多となる5個の金メダルを獲得されましたが、監督としてのモットーは、「『普通の準備』ではなく、『異常な準備』をする」ことだったとおっしゃいます。

「異常な準備」とは、どういうことか?

 オリンピックに向けて準備を進める際に、「量」において異常値を超えるほどの練習・トレーニングをするのは当然のこととして、その「質」においても異常なまでにこだわり抜いたのです。つまり、オリンピックで試合に臨んだときに、起こり得る状況を詳細にシミュレーションして、それに対する備えを徹底していったのです。

 たとえば、ヨーロッパの選手のなかには、道着の背中の部分を掴んで強烈に引きつけてくる選手がいるのですが、そうさせないためには、組み合う前にどう対処すればいいのか? それでも、背中を掴まれて「やばい!」となったら、どうやって最悪の事態を回避するのか? そのまま「技あり」で先行されて、残り30秒となったときに、どうやって逆転を狙っていくのか?

 このように、徹底的に「起こり得るリスク」を想定したうえで、対策を身体に叩き込むまで練習を繰り返すのです。