おこづかいをもらう五十代の弟

 四つ年下の弟・久は隣町のマンションに一人暮らしをしている。わたしと同じように、千代子に甘やかされて育った久は、大学を卒業後、一旦は就職した。中小企業で営業マンをしていたが、九十年代初頭、早々に辞めてしまい、それからずっと無職のまま、独り身でマンションに引きこもっている。マンションは父が買ったものなので家賃はかからないし、死ぬまでの生活費ぐらいは貯金を切り崩せば足りると高をくくり、三十代で一生働かない宣言をした。

 健康保険にも入っていないので病院にも行けず、唯一少し前まで定期的に会っていた千代子いわく、五十歳過ぎにしてもう歯がほとんどないそうだ。マンションはゴミ屋敷なので、千代子は定期的に掃除に行っていた。ゴミだらけなので掃除してもしても意味がないらしい。わたしは、掃除ついでにおこづかいも渡していたのではないかと怪しんでいる。五十歳過ぎた息子の家に、掃除に通い、おこづかいを渡す、八十歳間近の母親。なかなかの地獄絵図だがこれが世に言う8050問題というやつだろう。

 そう、千代子のもとで育つと、勤労意欲が育まれないのだ。

 わたしは還暦間近になって、やっとそれに気が付いた。自分の放蕩ぶりも、弟の堕落も、鞠子のモンスター化も、すべては千代子が元凶なのではないか。息子に尽くす、孫に尽くす、やさしくて献身的な良い母親で良い祖母、なんかではなく、全く無自覚だが、実は最も極悪非道な存在。それが千代子なのではないか。

 あれもしてあげる、これも買い与えてあげる、全部わたしがしてあげる、あなたは何もしなくていいの、可愛い可愛いわたしの息子、わたしの孫。一瞬聞こえはいいが、これは愛ではない。完全なる、千代子のエゴだ。

 千代子には一切の自分がない。すっからかんのからっぽ。だから息子や孫、誰かに寄生して、依存して、這いつくばっている。無力な生き物を自ら拵えて、まるで赤ちゃんかペットでも面倒見ているかのように。そう、謙虚な善人ぶっているが、本当は見下しているのだ。こいつらはひとりでは何も出来ない、自分がいないと何も出来ないと、見下して嘲笑っているのだ。

 そう思うと、鞠子が千代子に浴びせる虐待とも言える仕打ちも、ざまあみろ、当然の報い、特に可哀想と思えなくなってくる。

(本記事は、北村早樹子による小説『ちんぺろ』より一部を抜粋・編集しています)

北村早樹子(きたむら・さきこ)
1985年大阪府生まれ。高校生の頃よりシンガーソングライターとして活動。アルバム5枚とベストアルバム1枚を発表する。映画や演劇の楽曲制作や、俳優としての出演なども行う。デビュー作となる小説『ちんぺろ』(大洋図書)が各所で話題。