「併存」が生み出す心理的安全性

前ページの漢の例が示すように、変革の要諦は「併存」にあります。これは、既存の体制や、そこで成果を上げてきた功労者たちへの敬意の表れです。

ビジネスの現場において、リーダーが新しい方針(例:チーム貢献型)を打ち出す際、従来のやり方(例:個人成果型)をいきなり「古いもの」「間違ったもの」として否定してしまうと、そこで実績を上げてきた優秀な人材ほど強い抵抗を覚えます。それは、自らの功績や経験を否定されたと感じるからです。

人事制度の例で言えば、第一段階の「加点要素」こそが、この「併存」の知恵です。従来の価値観を否定せず、守りながら、「チーム貢献」という新しい価値観への移行を促す「橋渡し」の役割を果たします。この心理的安全性の担保こそが、メンバーの頑なな抵抗を和らげる第一歩となります。

「時間」をかけて「実感」を育てる

段階的アプローチの本質は、単なる「説明による納得」ではなく、「体験による実感」を組織内に育てることにあります。

リーダーの役割は、設定した「助走」期間(第一段階、第二段階)において、新しい価値観に基づいた行動が、実際に組織の成果につながり、そして正しく評価されるという「小さな成功体験」を意図的に創出することです。

メンバーが「新しいやり方でも(あるいは、むしろ新しいやり方の方が)うまくいく」と実感して初めて、価値観は本当の意味で変容します。

「急がば回れ」とは、目的地を見失うことや、単なる先延ばしではありません。明確なゴールを見据えつつ、組織のエネルギーを内向きの反発で消耗させず、着実な前進へと導く。それこそが、持続的な変革を成し遂げるリーダーの高度な統治術と言えるでしょう。

※本稿は『リーダーは世界史に学べ』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。