正確に橋本のエピソードを
記憶しているのは俺だけかも

 19年、蝶野は「闘魂三銃士」の盟友、武藤とともに、岐阜県土岐市にある橋本の墓を訪れている。

「あれは土岐市で俺と武藤さんのトークショーが催された時に、せっかくだからと、俺から武藤さんに声をかけて墓参りに行ったんだよ。2人で足を引きずりながらお墓まで行って、手を合わせて、写真を撮って、ぽつぽつ歩いて帰ってきただけなんだけどね。その間、武藤さんとはとくに何を話したってこともなかったかな。

 武藤さんは、もともと他人の話をしない。いつも自分、自分だから(笑)。でも、橋本選手については別だった。昔から俺と2人で会った時は、『またブッチャー(橋本のあだ名)がこんなことしたみたいだよ』とか、そういう話になってしまう。多摩川で鴨を撃ったとか、選手会費を使い込んだとか、ほぼ犯罪に近いような情報が入ってくるからね。

 橋本選手が亡くなってからも、取材や対談、トークショーなんかで武藤さんと並んで話す機会はあるけど、最終的には橋本選手のエピソードばかりになってしまう。それは生前から話していたものもあるし、亡くなった今だから話せるものもある。時代が変わって、今はもう話せないようなものもある。

 だから、そういう表のトークショーで話せるネタって、全体の10%くらいなんだよ。あと90%は、とても人前じゃ話せないようなことばかり。某新弟子に『後楽園ホールの非常階段にぶら下がれ!』と命令した話とかね。

 後楽園ホールってビルの5階にあって、その外に非常階段がついてるんだけど、そこにぶら下がれ、と。落ちたら大ケガというか、下手したら死ぬ。それを面白がってやらせようとする。でも橋本選手がすごいのは、新弟子がビビって躊躇していると、『俺がやる』と言って、本当に自分でぶら下がったっていうんだよ。

 そんな話はたくさんありすぎるんだけど、正確に記憶しているのは俺だけのような気もするから、今でも思い出して話している感じだね。

 橋本選手の人生は、本人の意に反して短いものだったかもしれないけど、これだけのエピソードを残したんだから、やっぱり、さすがだなと思うよ」