居酒屋で酒を飲むには「流れ」がある

 スマホ注文ではない店なら、着席後、上着を脱ぎながら同席者に「急に寒くなったねえ」などと口にしつつ、視界に入った店員に「生二つ。あとギンナン」などと流れるようにオーダーできる。店員が飲み物を運んできたら、歓談の途中でも、壁に貼ってあるおすすめをさっと一瞥し、「えーと、枝豆、刺し盛り2人前、あと肉豆腐ね。……それでさあ」などと話を続けられる。

 スマホやタブレット注文の店では、これができない。注文ごとに場の流れがいちいち断ち切られる。何かこう、無粋だ。

 しかしその程度の不満は、人件費の削減(=メニュー価格上昇の抑制)やミスオーダーの防止という、客側が確実に享受できるメリットで相殺できる。彼らとて、それが理解できないほどモノを知らないわけではない。

 つまり、工数の多さは不満の本質ではない。では、何がそんなに嫌なのか?

 酔えないのだ。

人が酒を飲む理由

 人が酒を飲む理由はそれぞれだ。酒の味を楽しみたい。飲み屋の雰囲気に浸りたい。酒を媒介にして歓談したい、人と知り合いたい。しかし不動の保守本流は、やはり「酔いたい」だろう。

 そもそも「酔う」とは何か。「デジタル大辞泉」によれば、こうだ。

1 飲んだ酒のアルコール分が体中にまわり、正常な判断や行動がとれなくなったりする。
2 乗り物に揺られたり、人込みの熱気に当てられたりして気分が悪くなる。
3 そのことに心を奪われてうっとりする。また、自制心を失う。

 酒に直結した意味は1だが、3も飲酒と無関係ではない。冷静さや俯瞰(ふかん)と引き換えに、熱情や没頭を得る。自制を放棄し、心を気ままに解放し、今という時間に寝そべる。そういう一時的でゆるやかな非日常に浸るため、酒を呑み、酔う。