世界的なベストセラー『嫌われる勇気』の著者である古賀史健氏の新刊、『集団浅慮 「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか?』が発売され、早くも大きな反響を呼んでいます。自著としては「最初で最後のビジネス書かもしれない」という思いで書かれた同書のきっかけとなったのは、2025年に社会に大きな衝撃を与えた「フジテレビ事件」でした。
今回からはその「第三者委員会調査報告書」をベースに、事件のあらましを改めて振り返ります。

曇天Photo: Adobe Stock

事件の発覚

 2023年6月6日。どんよりとした曇り空の初夏だった。この日の午前、フジテレビの産業医C医師のもとに、一本の電話がかかってきた。

 電話の主はAアナウンサー(以下、女性A)。当時、同社に勤務していた入社数年目の女性アナウンサーである。

 彼女は泣いていた。そして4日前の6月2日(金)以降、不眠をはじめとする諸症状に悩まされていることを訴えてくる。その様子からC医師は、フジテレビ健康相談室の担当医師であるD医師に診察してもらえるよう、手配する。D医師は、心療内科を専門とする医師だった。

 そして同日の午後、女性Aは社内の健康相談室を訪ね、D医師からの診察を受ける。途中からここに、C医師も加わった。

 女性Aが訴える具体的な症状は、不眠、食欲不振、身体のふらつきなど。しかしそれ以上に、精神的な混乱が見受けられた。いったいなにがあったのか。彼女は、ふたりの医師に対して6月2日に起きた出来事について、その詳細を語っていく。

 後にタレントの中居正広氏とのあいだで結ばれた示談契約に基づく守秘義務、またプライバシー保護の観点から、彼女が具体的になにをどこまで語ったのか、調査報告書のなかでは明らかにされていない。ただ、ふたりの医師は、女性Aが6月2日に中居正広氏から「性暴力」を受けたとの認識に至った。

 性暴力は、重大な人権侵害である。

 しかもふたりの医師によると、そこで語られた内容は弁護士に相談するべき性暴力だった。しかし、女性Aの精神状態はかなり混乱しており、法的対応を判断するのはむずかしい状況だった。そのため医師たちは、ひとまず弁護士に相談することを提案しないまま対応に当たった。

 女性Aは訴える。

「以前の自分には戻れない気がする」
「みんなが生きている世界と自分とのあいだにおおきな隔たりがあって、もう戻ることができない」
「(被害現場である中居氏のマンションで)食べていた食材を見たり、そこで流れていた音楽を聴くとつらい」
「(仕事で訃報のニュースを読んでいて)私が代わりに死ねばよかったと思った」

 結果、D医師は「急性ストレス反応」との診断を下し、薬を処方してこの日の診察は終わった。「急性ストレス反応」の症状そのものを軽減させる薬はない。おそらく抗不安薬や睡眠薬などが処方されたのではないかと思われる。

 同日午後のアナウンス室。
 アナウンス室を統括するE室長は、机に突っ伏したまま動かない女性Aの姿に気がついた。どうしたのかと声をかけると、女性Aは涙をこぼしはじめる。E室長はあわてて彼女を個室に連れてゆき、話を聞いた。

 室長とふたりきりになると彼女は、号泣しながら6月2日の出来事を報告した。

 ――ここでも調査報告書では、彼女がなにをどこまで語ったのか明らかにされていない。ただ、事実としてE室長は、女性Aが「中居氏から性暴力を受けた」との認識を持った。
号泣する彼女は、誰にも言ってほしくないこと、大ごとにしたくないこと、周囲に知られたら生きていけないこと、もちろん仕事も続けていきたいこと、今後中居氏と共演することがあっても構わないこと、負けたくないこと、などを訴えた。

 症状についての話が中心だったC医師・D医師との面談と違い、上長であるE室長には業務面での今後について語っている。

 話を聞き終えたE室長は女性Aに対して、同じアナウンス室の部長職にある佐々木恭子アナウンサー(以下、佐々木アナ)にも相談してみるよう、提案する。E室長はアナウンサーの出身ではなかった。そしてまた男性だった。同性の先輩アナウンサーにしか言えないこともあるはずだと判断したのだろう。

 面談の終了後、E室長は佐々木アナに連絡し、女性Aとの面談内容を簡単に説明したのち、相談に乗ってあげてほしい旨を伝えた。

※この記事は『集団浅慮 「優秀だった男たち」はなぜ道を誤るのか?』の一部を抜粋・変更したものです。