米タフツ大学のアヤナ・トーマス博士のグループは、次のような実験を行いました。
18~22歳の若者、60~74歳の年配者をそれぞれ64人ずつ集め、多数の単語を覚えてもらった後に別の単語リストを見せて、それらの単語がもとのリストにあったかどうかを尋ねたのです。
その際、前もって「これはただの心理学実験です」と説明していたときには、若者と年配者の正解率はほとんど変わりませんでした。
ところが、テスト前に「この記憶試験では、高齢者のほうが成績が悪い」と告げておくと、年配者グループの正解率のみが大幅に低下したのです。
このことが何を意味するかわかりますか?
「百人一首」の暗記に
チャレンジした伊東四朗
要するにこの実験では、フラットな状態では若者と年配者の記憶力に大差はないけれど、「高齢者のほうが成績が悪い」という先入観を植えつけられると、年配者は記憶する意欲を失い、一気に“記憶力”を減退させたというわけです。
若い頃のことを思い出してください。たとえば、英単語を覚えるとき、単語帳や単語カードをせっせとつくって、通学電車の中などで、それらを繰って何度も復習し、頭に叩き込みませんでしたか。
そもそも、それくらいの努力をしなければ、人は物事を覚えることはできないのです。あなたは中年以降、そんな努力をしたことがあったでしょうか。
そんな努力をしている人は当然、ごくごく少数派でしょう。努力をしなければ、「最近、物覚えが悪くなった」「覚えても、すぐに忘れてしまう」のは当たり前のことなのです。
『70歳からの老けないボケない記憶術』(和田秀樹、ワン・パブリッシング)
また、努力を怠ると、人間の体や脳では廃用現象が起き始めます。使わない筋肉が衰えていくのと同じように、使わない記憶力は衰えていくのです。
俳優の伊東四朗さんは、70歳を過ぎて「百人一首」の暗記にチャレンジしたそうです。さすがの名優も、70歳を超えると思うようにセリフを覚えられなくなってきたとか。そこで記憶力を鍛え直すために「百人一首」の暗記を始めたそうです。
脳科学の立場からいえば、これは廃用現象を防ぐ賢明な方法です。私にも経験がありますが、「百人一首」ほど覚えにくいものはありません。“古語度”が高く、意味が取りにくい。記憶の入力、定着ともに難しい素材です。
だからこそ伊東さんは、その暗記にチャレンジしたのでしょう。記憶力を維持し、脳を鍛え直すには格好の素材と判断したのだと思います。







