「構想力・イノベーション講座」(運営Aoba-BBT)の人気講師で、シンガポールを拠点に活躍する戦略コンサルタント坂田幸樹氏の最新刊『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』(ダイヤモンド社)は、新規事業の立案や自社の課題解決に役立つ戦略の立て方をわかりやすく解説する入門書。企業とユーザーが共同で価値を生み出していく「場づくり」が重視される現在、どうすれば価値ある戦略をつくることができるのか? 本連載では、同書の内容をベースに坂田氏の書き下ろしの記事をお届けする。
Photo: Adobe Stock
なぜ、同じ商品を扱っているのに
営業成果に大きな差が生まれるのか?
あなたの会社にも、安定して高い成果を出し続ける営業担当がいるのではないでしょうか?
一方で、顧客に誠実に向き合っているにもかかわらず、なかなか数字に結びつかない人もいます。この違いは、決して努力量だけで説明できるものではありません。
世の中では「顧客の声を丁寧に受け止めることが大事」としばしば語られます。もちろんそれ自体は間違いではありません。
しかし、顧客の言葉をそのまま受け止め、「これに困っているならこの商品」と直線的に結びつけて営業しても、成果にはつながりにくいのも事実です。
なぜなら、顧客自身も、自分のニーズを言語化しきれていないケースがほとんどだからです。
自分自身の気持ちですら言葉にするのが難しいことを考えれば、他人の内面や本質的な欲求を理解することがどれほど難しいかは、想像に難くありません。
勝てる営業は、顧客の言葉そのものよりも、その言葉が生まれる背景や構造に目を向けています。
ERP導入に見る「顧客の声」を
そのまま受け取る危うさ
2000年前後、日本企業の間でERP(Enterprise Resource Planning:統合基幹業務システム)の導入が一大ブームとなりました。大企業を中心に導入が進み、業務を一元管理する「全社の基盤」として期待されました。
しかし、実際に現場で起きたのは、目的を見失った巨大プロジェクトの迷走でした。
多くの企業がまず行ったのが、「現状業務」と「ERPが提供する標準機能」との差分の洗い出しでした。詳細なヒアリングが繰り返される中で、現場からは「この機能が使いにくい」「ここが不便だ」といった不満が次々と挙がりました。
本来は業務側を変革し、全社最適の仕組みに移行することが目的だったにもかかわらず、挙がった不を一つひとつカスタマイズで解消しようとした結果、「ERPのような何か」を使いながら、従来のやり方をほぼ踏襲するという状態に陥ってしまったのです。
ここで見落とされていたのは、現場の不(不便・不満・不安)は“結果”であり、その奥には必ず構造的な“原因”が存在するという点です。
顧客の声に耳を傾けることは戦略の出発点ですが、声の奥にある構造に踏み込まなければ、一時的な改善にとどまり、差別化も持続的な価値創出も生まれません。
勝てる営業は、
“不”の奥にある構造をつかんでいる
勝てる営業の特徴は、話術でも情報量でもありません。
顧客のこうした「不」が、どのような構造から生まれているのかを丁寧にたどる点にあります。
たとえば、ERP導入の例でいえば、「このレポートがなければ業務が回らない」という表層的な声の裏に、部門間の役割構造の歪みや、老朽化したワークフローといった組織構造上の問題が潜んでいることを見抜きます。
ここで重要なのは、顧客の言葉を手掛かりに、「どんな場面でそう感じたのか」「その背景には何があるのか」といった内容を丁寧に聞き出し、具体的なエピソードから構造を浮かび上がらせることです。
この解像度を上げるプロセスを経て初めて、顧客自身も気づいていなかった本質的な課題が見えてきます。
そして、構造が見えたときに初めて、顧客にとって本当に価値ある提案が可能になります。
『戦略のデザイン』では、この「表層の声ではなく構造を見る」という視点を、ユーザ理解の根本として体系的に解説しています。
IGPIグループ共同経営者、IGPIシンガポール取締役CEO、JBIC IG Partners取締役。早稲田大学政治経済学部卒、IEビジネススクール経営学修士(MBA)。ITストラテジスト。
大学卒業後、キャップジェミニ・アーンスト・アンド・ヤング(現フォーティエンスコンサルティング)に入社。日本コカ・コーラを経て、創業期のリヴァンプ入社。アパレル企業、ファストフードチェーン、システム会社などへのハンズオン支援(事業計画立案・実行、M&A、資金調達など)に従事。
その後、支援先のシステム会社にリヴァンプから転籍して代表取締役に就任。
退任後、経営共創基盤(IGPI)に入社。2013年にIGPIシンガポールを立ち上げるためシンガポールに拠点を移す。現在は3拠点、8国籍のチームで日本企業や現地企業、政府機関向けのプロジェクトに従事。
単著に『戦略のデザイン ゼロから「勝ち筋」を導き出す10の問い』『超速で成果を出す アジャイル仕事術』、共著に『構想力が劇的に高まる アーキテクト思考』(共にダイヤモンド社)がある。




