シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。

成功するために欠かせない、難易度が高い2つのチャレンジとは?Photo: Adobe Stock

敵を知り己を知れば、百戦して殆からず

 相手の気持ちがわかれば、何事も半分は成功したようなものだ。

 残りの半分は、自分をよく知ることだ。

 この2つは、我々にとって最も難易度が高いチャレンジだが、もしそれができれば、何事も成功する。

 約2500年前に中国の斉の国出身の孫武によって書かれたとされる、世界最古の兵法書『孫子』は、ご存じだろう。この兵法書が誕生するまでは、ほとんどの戦法が運や迷信任せだった。

 春秋戦国時代に書かれたと言われるこの兵法書は、過去の戦いを客観的に研究し、「なぜ勝つか、なぜ負けるか」を分析した非常に合理的な初の兵法書といわれる。

 この「謀攻篇(ぼうこうへん)」に出てくる最も有名な一節に、

彼(敵)を知り己を知れば、百戦して殆からず

 というのがある。

 この言葉は物事を始める前の、以下の3つの心構えを教えてくれる。

 ・始める前にできるだけ自分と相手に対する情報を集めること
 ・それらの情報に対して客観的であること
 ・何かに取り組むときは、常に上記の2つの心構えを前提に戦略的であること

相手を過小評価するという愚行

 例えば、日本が敗北した太平洋戦争はどうだろうか。

 開戦前の日本軍は、客観性を失い、科学より精神論に傾斜し、自国の国力や日本軍の戦闘力を過大評価し、アメリカの国力やアメリカ兵の士気を過小評価していた。

 開戦後も、日本軍は正確な情報を収集するシステムを持たず、戦果を過大評価し、相手の戦闘力や上陸兵力を過小評価し、ガダルカナル島や硫黄島で連戦連敗となった。

 一方で、アメリカ軍は日本の暗号を完全に解読し、日本軍の一挙手一投足を正確に把握し、作戦行動に活かしていた。

 しかし、そのアメリカもベトナム戦争では、ベトナム軍、特に北ベトナム軍と南ベトナム解放民族戦線(ベトコン)の能力を過小評価していた。

 ジョンソン大統領は、短期の限定戦争でベトナム戦争を勝利できると思っていたが、ベトコンに予想外のゲリラ戦を仕掛けられ、長期の泥沼に陥り、54万人もの兵力を投入し、最終的には撤退に追い込まれた。

 四方を敵国に囲まれ、常に外国からの攻撃に用心し、世界最高のサイバー技術と諜報機関を持つイスラエル軍でさえ、己も敵も見誤った。ハマスの能力と意図を過小評価していたことが、2023年10月7日のハマスによる大規模攻撃を許す一因となった。

 イスラエルは、ハマスの攻撃計画を1年以上前に把握していながら、「実現性が低い」と見下していた。

 エジプトの情報機関が「something big」が計画されていると、何度も警告していたにもかかわらず、イスラエルはその警告を無視していたようだ。

 イスラエルは、「ハマスにこんなことはできない」と考え、彼らの能力や意志を過小評価していた。当時のイスラエルは、司法改革を巡る大規模なデモなど内政面での混乱により、相手も自分も冷静に見ることができていなかった。

ロールプレイで己を客観視するトレーニングを積む

 個人の場合でも、まず、己を客観的に現状把握するのは、容易ではない。特に、何も問題がないときや好調なときほど、自己評価は過大になる

 何かに取り組むにあたって自信はないよりあったほうがいいが、ことを起こす前の情報収集にまずは励むことが大事だ。

 客観性あるデータに基づく情報を自分についても、相手についても入手する。

 そして、できるだけ、まずは己を客観視するトレーニングを積むことだ。

 これにはロールプレイが役に立つ。データに基づいて自分と相手を入れ替えて、相手から自分を視るのだ。

 精神論や感情は排して、できるだけデータに基づき、相手となって己を評価してみる。そうすると、大きな穴や弱点が見えてくる。

 私は大学の教員だが、昨今の大学教員は学生からの評価を大学から共有される。日本の学生や受講生の皆さんは、礼儀正しく気を使ってくれ、悪くない評価が多い。

 一方で、非日本人相手に学位プログラムで必修科目を担当したりすると、これは授業中のやり取りやテストの成績のリベンジなのか? と思うくらい辛辣な評価とコメントが共有されることがある。

 一瞬、取り乱してしまうこともあるくらい辛辣なものもあるが、冷静になってみると、的確な指摘も多く、自分の現状認識に非常に役に立つ。

 辛辣でも、逆のバイアスがかかっていても、そういう評価を受けられる環境を持つことはいい。

 相手が日本人でも、人間関係が悪くなることも恐れずに、厳しい評価を共有してくれる人は大事にすることだ。

 逆に言うと、そういう人は非常に親しく、長い付き合いの人が多いと思うが、そういう人となんでも言い合える関係を築いておくのは、自分を客観視するためにも必要なことだ。

 私の場合で言うと、自分の講義を録画して、ロールプレイで学生や受講生になったつもりで自分の講義を見てみるのは、自分を客観視する意味で、特におススメな方法だ。

(本稿は君はなぜ学ばないのか?の一部を抜粋・編集したものです)

田村耕太郎(たむら・こうたろう)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。