シンガポール国立大学(NUS)リー・クアンユー公共政策大学院の「アジア地政学プログラム」は、日本や東南アジアで活躍するビジネスリーダーや官僚などが多数参加する超人気講座。同講座を主宰する田村耕太郎氏の最新刊、『君はなぜ学ばないのか?』(ダイヤモンド社)は、その人気講座のエッセンスと精神を凝縮した一冊。私たちは今、世界が大きく変わろうとする歴史的な大転換点に直面しています。激変の時代を生き抜くために不可欠な「学び」とは何か? 本連載では、この激変の時代を楽しく幸せにたくましく生き抜くためのマインドセットと、具体的な学びの内容について、同書から抜粋・編集してお届けします。
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日本の首相ほど国会に出席して
答弁している首相はいない
日本の新聞各紙に毎日掲載される「首相動静」を見たことがある方も多いだろう。まさに分刻みのスケジュールだ。
しかし、あれは、その日のすべてのアポイントが掲載されているわけではない。日時や内容によっては、半分くらいしか公開されていないことがある。
つまり、実際は、もっとレクチャーを受けていたり、打ち合わせや会議が入っているのだ。これは殺人的である。確かに、首相となると守備範囲は広い。
外交、経済、地方分権、社会保障、防衛、教育等々、すべてについて刻々と変わる情勢について、頭の中をアップデートしておく必要がある。それらに加えて、国会の会期中は、委員会に呼ばれて答弁しなくてはならない。
ちなみに、議院内閣制を採用しているあらゆる国家の中で、日本の首相ほど国会に出席して答弁している首相はいない。
日数にして、イギリスの4倍、ドイツの10倍である。しかも、メディア対応もそれに加わるのだ。これが日本の首相が超多忙で、忙し自慢・時間貧乏になっている原因である。
首相に国家戦略を考える時間はない
国会答弁ほど、国のトップを疲弊させるものはない。答弁と答弁準備にかけた時間分だけ、国家戦略の策定や遂行の時間を失うのだ。
ちなみに、アメリカは大統領制なので正しい比較ではないが、アメリカ大統領が議会に出席するのは、年に一度だけ。日本の100分の1以下である。
国のトップは、国家戦略を考え、実行する立場にある。「戦略」とは戦いを省くことである。つまり、狙い目を絞ってそこに一点集中することだ。
あらゆるテーマを網羅的に国家戦略に入れていては、資源も投入量も労力も分散する。優先順位をつけられず、何をやっているのかわからなくなる。ほとんど結果が出せないのは、このためだ。
トランプ大統領のエグゼクティブタイムとは
アメリカ大統領に返り咲いたトランプ大統領の働き方は、とてもユニークだった。特に、エグゼクティブタイムと言われるものが、その特徴だ。トランプ大統領のエグゼクティブタイムとは、大統領の一日のスケジュールの中で、特に予定が入っていない時間帯を指す。
1期目のことだが、彼の一日の予定の60%以上が、このエグゼクティブタイムだったといわれる。だいたい午前中は、すべてエグゼクティブタイムにあてられていた。
トランプ大統領は、あらゆるアポイントを断り、
・Ⅹ(旧Twitter)を眺めて、メディアや政敵の批判を投稿する
・自分の信用できる側近や友人と電話する
・テレビを視聴する
つまり、トランプ大統領は一人でいる時間を確保して、自分で情報を集めたり、思考したり、行動を起こしたりしていたのだ。
また、ドイツやイギリスの首相も、日本の首相と比較して一人でいる時間が多い。各国首相の議会への出席日数の比較をしてみると、次のようになる。
・日本の首相:
年間100日以上国会に出席。
予算委員会等では、通常9時から5時まで7時間拘束される。
・イギリスの首相:
年間36日程度の議会出席。
週1回30分間の「首相質問(Prime Minister’s Questions)」が主な定例行事。
・ドイツの首相:
年間11日程度の議会出席。
週1回約60分間の「対政府質問(Befragung der Bundesregierung)」が主な定例行事。
イギリスやドイツの首相は、議会出席の負担が少ないため、一人で考える時間や戦略を練る時間が多い。
また、外交活動により多くの時間を割ける。
日本では、首相の詳細な日程が「首相動静」として公開されるが、イギリスやドイツでは主要な公式行事のみが公開される。
これも他国の首相が一人で過ごす時間を持てる理由といえる。
小泉純一郎氏は、
一人時間をどう確保していたか
日本でも異色だったのは、小泉純一郎氏である。
彼が首相のときは、彼は独自のヘアスタイルだったが、それを維持するためといい、しょっちゅう理髪店に出入りして、長時間そこで過ごしたように首相動静に書いてあった。
実は、そこで一人になってゆったりと策を練ったり、信頼できる民間人や政治家と密かに打ち合わせをしていたらしい。
日本を貧しくしているのは、
リーダーの間違った時間の使い方
企業経営者も同じである。もちろん今は新しいタイプのCEOも出ているし、業種や企業規模によってケースバイケースでもある。
ただ、日本の社長は日本の首相同様、会議に出過ぎで、冠婚葬祭や財界活動に忙しい。もちろん、そこから得る情報やネットワークもあるだろう。
それでも、一人の時間を確保して、それこそ経営資源を集中するべく「戦略」を練るべきだろう。
企業の時価総額ランキングや各国の一人当たりGDPランキングを見れば、日本国、そして日本企業の凋落ぶりが一目瞭然だ。
日本を貧しくしているのは、間違いなくリーダーたちがお金より大事な「時間」という資源の使い方を誤っているからだ。
(本稿は『君はなぜ学ばないのか?』の一部を抜粋・編集したものです)
シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院 兼任教授、カリフォルニア大学サンディエゴ校グローバル・リーダーシップ・インスティテュート フェロー、一橋ビジネススクール 客員教授(2022~2026年)。元参議院議員。早稲田大学卒業後、慶應義塾大学大学院(MBA)、デューク大学法律大学院、イェール大学大学院修了。オックスフォード大学AMPおよび東京大学EMP修了。山一證券にてM&A仲介業務に従事。米国留学を経て大阪日日新聞社社長。2002年に初当選し、2010年まで参議院議員。第一次安倍内閣で内閣府大臣政務官(経済・財政、金融、再チャレンジ、地方分権)を務めた。
2010年イェール大学フェロー、2011年ハーバード大学リサーチアソシエイト、世界で最も多くのノーベル賞受賞者(29名)を輩出したシンクタンク「ランド研究所」で当時唯一の日本人研究員となる。2012年、日本人政治家で初めてハーバードビジネススクールのケース(事例)の主人公となる。ミルケン・インスティテュート 前アジアフェロー。
2014年より、シンガポール国立大学リー・クアンユー公共政策大学院兼任教授としてビジネスパーソン向け「アジア地政学プログラム」を運営し、25期にわたり600名を超えるビジネスリーダーたちが修了。2022年よりカリフォルニア大学サンディエゴ校においても「アメリカ地政学プログラム」を主宰。
CNBCコメンテーター、世界最大のインド系インターナショナルスクールGIISのアドバイザリー・ボードメンバー。米国、シンガポール、イスラエル、アフリカのベンチャーキャピタルのリミテッド・パートナーを務める。OpenAI、Scale AI、SpaceX、Neuralink等、70社以上の世界のテクノロジースタートアップに投資する個人投資家でもある。シリーズ累計91万部突破のベストセラー『頭に来てもアホとは戦うな!』など著書多数。



