仕事と自分を冷静に切り離す、デンマーク人の労働観
ワーキズムの脆さを実感したのは、大企業の幹部として働いていた友人との会話だった。普段は穏やかな彼女が、このテーマになると表情を変え、こう言い切ったという。
「もしもあなたが仕事とイコールだったら、仕事を失ったらどうなるの? 同僚が自分より優秀だったら? それだと、自分の価値が減るってこと? もしあなたがうまく文章書けなくなったら、世界に必要とされない、ってわけ? まさか。あなたの子どもも、夫も、あなたの友達も、あなたを必要としているんだから。あなたと仕事はイコールじゃない」
なぜこんなふうに「仕事と自分」を切り離せるのか。その背景の一つには、デンマークのビジネスの極めてクールで合理的な面がある。企業の新陳代謝を保つため、大企業であっても解雇が比較的容易に行われるのだ。
「実際、その友人も、その後しばらくして解雇されました。でもデンマークの人たちには、仕事上の評価と自分の価値との間に、健全な距離感があるように思います。キャリアの浮き沈みをたくましく生きていく必要があるからこそ、仕事以外の自分を持つことが大事だと考えているようにも見えるんです」
新聞記者時代は、寝る間も惜しんで働く日々を送っていた井上さん。移住後、すんなりとデンマークの短く働く労働観になじめたわけではなかった。著書『第3の時間』には、その時に感じた戸惑いや葛藤が率直に綴られている。「私=仕事」と信じてきた価値観を手放すまでには、相応の時間と経験が必要だった。
「私は仕事が好きで、特に20代、30代は新聞記者として、仕事第一で走り抜けてきました。それを後悔してるわけではありません。ですが、人にはいろんな“季節”があります。同じペースで走り続けなくてもいいし、仕事のペースを落とすことを引け目に感じる必要なんてないのだと考えるようになったんです」




