2025年7~9月期のGDPギャップ

インフレ経済に突入した日本で、積極財政の処方箋は通用するか、低所得層中心に支援対象の精緻化を

 日本経済はインフレ転換後も名目賃金の伸びが追い付かず、低所得層を中心に家計への負担が深刻化している。内閣府が2025年11月17日発表した7~9月期のGDP(国内総生産)速報値では、実質成長率(季節調整値)は前期比マイナス0.4%と、6四半期ぶりのマイナス成長となった。

 こうした状況下で、高市政権は11月21日、財源の裏付けとなる25年度補正予算17.7兆円を含む総額約21兆円の総合経済対策を閣議決定した。「年収の壁」対策で1.2兆円、ガソリン等の旧暫定税率の廃止で1.5兆円の減税効果を見込むほか、「生活の安全保障・物価高対策」で11.7兆円、「危機管理・成長投資」で7.2兆円などだ。

 補正予算の規模は24年度を上回るものの、補正予算後の国債発行額は24年度を下回ることから、「責任ある積極財政」との整合性も一見成り立つ。ただ、市場の反応は割れている。拡張的な財政政策が続けば財政規律への信認が揺らぐ側面もあるためだ。実際、為替市場では円安圧力が残り、国内債券市場でも長期金利に上昇圧力が生じ始めている。

 市場がより神経質になるのは、需給ギャップを巡り日本銀行や政府などの認識が一致していない点も関係する。日銀は10月、25年4~6月期の需給ギャップをマイナス0.32%と推計し、供給力が需要をわずかに上回ると判断。一方、内閣府は9月、同時期をプラス0.3%、年換算2兆円規模の需要超過と推計していたが、11月の推計(7~9月期)ではマイナス0.0%で需給はおおむね均衡との試算であり、政策当局間の評価は異なっている。

 民間試算でも需要超過とみる向きも多く、もし需給が実際にタイトであれば、日本経済は既に供給制約に直面しており、積極財政は物価を押し上げかねない。インフレ下では、「景気が弱いときは財政拡大」という従来の処方箋は通用しない。特に、物価上昇が家計の実質賃金を低下させ、消費を抑制する局面では、政策ミスは実体経済へのダメージを増幅させる。

 デフレ慣れした日本には、インフレ期の財政運営についての知見が十分とはいえない。だからこそ需給ギャップに不確実性がある今、政策効果の線引きを慎重に行い、支援対象も低所得世帯など影響の大きい層に絞る姿勢が求められる。

 日本経済はこれから本格的な人手不足経済に突入する。供給制約が顕在化すれば、財政資源は生産性向上に直結する分野へ重点的に振り向けることが望ましい。

(法政大学教授 小黒一正)