量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。今回は人類の発展について抜粋してお届けする。
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私たちは「効率」で発展してきた
人類は太古から「効率を高める」ことで生存領域を拡大し、社会を発展させてきた。
狩猟や採集によって食料を得ていた時代は、自然の恵みに大きく依存していたが、農耕や牧畜といった手法の発明によって食料生産を安定化させ、「食料の効率化」を達成することで人口増加と文明発展の基盤を築いた。
この段階では、地球という土壌や生態系という資源を大量に活用し、穀物や家畜を育てることが大きなポイントとなった。
また、かつては人力や馬力が主な動力源だったが、化石燃料を用いたエンジン技術の発明によって一度に得られるエネルギー量が飛躍的に増加し、工業化と大量生産を支える「エネルギーの効率化」が実現した。
ここでは石油や石炭、天然ガスといった地中に長い年月をかけて蓄積されてきた化石燃料を資源として利用することが鍵だった。
さらに、自動車や船、飛行機といった輸送技術の進化は、鉄やアルミニウムなどの金属資源をエンジンや車体に組み込み、大規模な生産インフラを整備することで大きな成果を得ている。
これは「移動の効率化」にほかならず、人々や物資の大量かつ遠距離の移動を可能にした。
そして、電話やコンピュータの登場、インターネットやスマートフォンの普及によって、情報を瞬時にやり取りできるようになり、膨大なデータを蓄積・分析する「情報の効率化」が達成されている。
こうした情報の効率化の背後には、電子部品や通信インフラなどの資源が欠かせない。
データセンターを支えるサーバーや海底ケーブル、衛星通信網などは多大な電力や材料を消費しており、私たちは膨大なインフラを構築することで情報を自在に扱うことができるようになった。
こうした効率化はすべて、長い年月にわたる人類の創意工夫と学問的な知識の蓄積によるイノベーションの結晶である。
古代ギリシャ時代からずっと試行錯誤している
古代ギリシャの神殿建築の柱の構造から、ローマ時代のアーチ構造に至るまでに数百年単位の試行錯誤が必要だったことからもわかるように、人類が新たな技術や知識を得るには多くの時間と労力を要してきた。
このような知識を伝承すべく、私たちは生まれてから大学を出るまで20年以上にわたって教育を受ける。
一昔前は最先端の研究成果だったものが教科書に書き込まれアップデートを繰り返し、100年前は天才的な物理学者を悩ませた量子力学も、大学で多くの理系学生が学び、理解できるようになった。
しかし今日では、生成AIの登場をはじめ、人工知能の進歩によってこのような知識の蓄積と創意工夫によるイノベーションそのものが効率化されつつあるのだ。
とりわけ、この「イノベーションの効率化」を支える核心的な資源として注目されるのが「計算資源」なのである。
(本稿は『教養としての量子コンピュータ』から一部抜粋・編集したものです。)





