量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。今回はAIによる革命と量子コンピュータの必然性についての特別な書き下ろしをお届けする。

エネルギー、農業、産業革命…人類には過去に何度かのイノベーションがあった。AIと量子コンピュータによって「人類史最大の革命」が始まるPhoto: Adobe Stock

生命と文化が進化する鍵

地球の歴史を振り返ると、生命と文明は幾度ものイノベーションによって爆発的な成長を遂げてきた

シアノバクテリアによる炭素固定と酸素放出は大気組成を変え、陸上生命の多様化をもたらした。
化学肥料の発明は農業生産を飛躍的に拡大し、人口増加を可能にした。
エンジンは化石燃料に蓄えられたエネルギーを瞬時に取り出し、交通・物流の効率を極限まで高めた。
電気はエネルギーの伝送を、コンピュータとインターネットは情報伝達を劇的に効率化した。

これらの背後には、自然が偶然獲得した仕組み(シアノバクテリア)から、人類が科学的理解に基づいて生み出した技術(化学、エンジン、電気、計算機)まで、イノベーションが一貫して存在する

イノベーションが効率化される時代へ

現在、生成AIの急速な進化は、まさに「イノベーションそのものの創発の効率化」を実現しつつある。
人類が何十年もかけて行ってきた創造・発見・問題解決のプロセスが、AIによって加速されている。

エンジンが出現した瞬間、数億年かけて蓄積した化石燃料が爆発的に消費され始めたように、AIは既存の計算資源を前例のない速度で食い尽くしている
すでに要求される計算量の増加はムーアの法則(2年で倍増)をはるかに超え、3~4ヶ月ごとに倍増するペースにある

ここに本質的な転換がある。

AIが全てを無限にする

これまでコンピュータを必要としたのは人間であり、台数は人間の需要によって律速されていた。
しかしAIは自らコードを書き、計算を自動化し、巨大な計算資源を自律的に使用する

これは、人力や馬力から化石燃料エンジンへ移ったときと同質の革命である。
同様に、自動車は運転手が必要だったため、運転手の数以上には増えなかった。
しかしAIによって自動運転が実現すれば、車もドローンも無数に稼働し始める。

労働についても同じだ。
人間が主な担い手であったが、AIが思考しロボットが身体性を持つことで、労働力は理論上無限に供給される

これまで社会を律速してきた「人間の思考・行動」がボトルネックでなくなるとき、次に律速するのはコンピュータとデータである。
AIが高度化し続けるほど、既存のコンピュータの計算能力は限界に近づき、データ処理の規模、消費電力は爆発的に増大するだろう

人間がこのままでは生産の限界があると気づき熱機関を生み出したのと同様、賢いAIはこの限界を突破するためのありとあらゆる努力をする。

量子コンピュータを活用するのは人間だけではない?

そのようなAIにとって欠かせない選択肢の1つが量子コンピュータだ

量子コンピュータの「キラーアプリ」を探しているのは今や人間だけではないということだ。
インターネット空間に言語データが溢れているように、自然界の物理法則と全く同じ原理で動く量子コンピュータには、分子や材料といった量子コンピュータが得意とする物質的情報が蓄積されていく。

このような、AI自身が人類よりもはるかに広い探索能力を持ち、量子コンピュータの最適な使い道を見いだす未来は自然な帰結だろう

我々は一体何をすればいいだろうか。
そんな時代だからこそ、ときにはコーヒーを片手に、本をゆっくり読むという、人間にしかできない贅沢な時間を楽しみたい。

(本稿は『教養としての量子コンピュータ』の著者が特別に書き下ろしたものです。)