すべてはこの一冊から始まった――。星野リゾート代表・星野佳路氏がそう語るのが、サービス設計の名著『1分間顧客サービス』だ。その本が同氏の監訳で『熱狂的ファンのつくり方〈新版〉1分間顧客サービス』として蘇った。本書で星野氏がとくに衝撃を受けたのが、「顧客の要望をすべて満たす必要はない」という考え方だ。自分たちのビジョンからサービスを設計する――。星野リゾートの独自性を生んだ、その哲学の核心に迫る。(取材執筆:前田浩弥、構成:ダイヤモンド社書籍編集局)
星野リゾート代表・星野佳路氏
星野氏が描いた「サービス設計」の図
――『熱狂的ファンのつくり方』の監訳者あとがきで星野さんが紹介していた、本書の理論をもとに作成された「サービス設計の図」が非常に印象的でした。
星野佳路氏(以下、星野) この図ですね。
『熱狂的ファンのつくり方』に掲載されている星野氏が作成した「サービス設計の図」
改めて説明しますと、まず自分のビジョンがあり、顧客のニーズがあります。自分と顧客の望みが一致している部分①に関しては、悩まずサービスを実行できると思います。
問題となってくるのは、図の②③④⑤の部分です。②と③は顧客のニーズはあるが、自分のビジョンにはないサービス、④と⑤は自分のビジョンにはあるが、顧客のニーズとしては上がってこない部分です。
マーケティングの教科書通りに顧客ニーズからサービスを構築するならば、①②③を実行すればいい、という結論になるはずです。しかし本書では、「顧客の要望に応えなくてはならないのは、これを提供しようときみが思い描いた、理想のサービスの範囲内に限ってのことなんだ」と言っています。
つまり、自分のビジョンに合わないサービスを求めるのならば、「よそを当たってください」と言っていいのです。これが②に当たる部分です。
たとえば、弊社の運営する温泉旅館「界」でも、従来高いニーズがあった「宴会」を提供サービスから外しました。これも顧客のニーズはありますが、私たちが「界」で描くビジョンとは合致しなかったからです。まさに図の②の部分ですね。
――「顧客のニーズ」ではなく「自分のビジョン」からサービスを設計することの大切さが本書では何度も語られていますよね。
星野 はい。自分が描く「提供したいサービスのビジョン」からスタートすれば、顧客のニーズに対しても自分たちの尺度で取捨選択ができるようになり、個性や違いが生まれてきます。
日本の「おもてなし」にこそ、熱狂的ファンを生むヒントが眠っている
星野 ちなみに、日本に根付いた「おもてなし」の精神は、まさに、自分が描く「提供したいサービスのビジョン」からスタートしているものだと私は考えています。
もともと西洋的なサービスには、「市場調査して、顧客のニーズがあるものを全部取り入れよう」という考え方がありました。西洋的なサービスの根底には、明確な上下関係があります。「顧客のニーズを把握したら、それにすべて応えることがよいサービスである」。これが西洋的なサービスの考え方です。
一方、日本的な「おもてなし」の特徴は、「主客対等」なところにあります。千利休の「朝顔の茶会」という有名なエピソードがありますが、茶室においては、世の天下人である豊臣秀吉ですらも「絶対的な権力者」ではなく、「ひとりの客人」なのです。
現代でも、たとえば旅館では、サービスを提供する側が顧客を敬うのと同じように、顧客の側も、サービスを提供する側を「ご主人」や「女将」と呼んで敬います。日本的な「おもてなし」の中では、顧客はただ「期待するサービスを受けにやってくる」のではなく、「主人の文化的趣向により、自身の期待を超えたサービスが提供される」ことを楽しみにやってきているのです。
――日本古来のサービスこそ、『1分間顧客サービス』を体現したものになっていたのですね。
星野 そうですね。ほかにも、お寿司屋さんの「おまかせ」がいい例ですよね。顧客が「あれください、これください」とひとつひとつのネタを指定するのではなく、「さぁ、何を出してくれるんですか?」と主人の趣向を楽しみにし、ある意味試しているところがあります。そして、主人の趣向が顧客の期待を超えたときには、感動が生まれます。
ここからもわかるとおり、自分の描くビジョンからスタートすることこそが顧客の感動、そして熱狂的ファンを生む秘訣となります。私自身、『1分間顧客サービス』からその考え方を学び、愚直に実践してきました。それが、今の星野リゾートに多くのファンを生み出してくれているのだと思います。
(本稿は、『熱狂的ファンのつくり方』(ケン・ブランチャード/シェルドン・ボウルズ著、星野佳路監訳)に関連した書下ろし記事です)





