2026年、120年以上の歴史をもつ「旧奈良監獄」が、星野リゾートによってホテルとミュージアムとして蘇る。監獄がホテルに――そう聞くと驚くかもしれない。代表の星野佳路氏は「監獄に泊まるという非日常を通して、みなさんの日常を見つめ直すきっかけになれば」と語る。本施設の構想にも大きな影響を与え、星野氏が“サービス設計のバイブル”と語る名著『1分間顧客サービス』の新版『熱狂的ファンのつくり方』の刊行を記念して、星野氏に取材を行った。(取材執筆:前田浩弥、構成:ダイヤモンド社書籍編集局)
星野リゾートによるリニューアルが決まった「旧奈良監獄」の表門
星野リゾートが「監獄」のリニューアルを手掛けた理由
――まず、「旧奈良監獄」をホテル化する背景から伺えますか。
星野佳路氏(以下、星野) 旧奈良監獄は国の重要文化財です。しかし、文化財は“ただ置いておくだけ”では維持費ばかりかかり、収益を生みません。
そこで国が初めて本格的に動いたのが、今回のプロジェクトです。税金ではなく、観光によって生まれる収益で文化財を維持する。これがこのプロジェクトの狙いです。
それを実現するために、星野リゾートがリニューアルを担当しました。監獄を見学できる「奈良監獄ミュージアム」を2026年の4月26日に、宿泊施設「星のや奈良監獄」を6月頃に開業する予定です。
――監獄をミュージアムとホテルにリニューアルするにあたり、星野リゾートとしてどのようなことを考えられましたか?
星野 奈良監獄ミュージアムのコンセプトは「美しき監獄からの問いかけ」です。展示では、かつて収監されていた人々の生活を追体験できます。驚くのは、その生活が私たちの日常と“意外と変わらない”ということです。
監獄ではみな規則正しい生活をしていました。その生活パターンを学んでみると、ふと「自分の生活とそんなに変わらないな」ということに気づくのです。朝、決まった時間に目覚まし時計で起こされ、まだ寝ていたいのに無理やり起き上がり、決まった時間内で朝食を食べ、決まった時間に会社に行って仕事をし、昼休みが終わるとまた仕事をして、夜になったら帰宅して夕食をとり、次の日のために寝る――。
ミュージアムを見学することで、「自由って何なんだろう?」「自分は、本当に自由なのだろうか?」という、自分の人生への問いが浮かび上がってくることを目指しました。ミュージアムを出るころには、「会社を辞めよう」と決意する人も出てくるかもしれません。
あえて「監獄らしさ」を残すという決断
――今回のプロジェクトにあたり、星野さんがサービス設計のバイブルとうたう名著『1分間顧客サービス』の考えが生きた部分はありますか?
星野 本書では、顧客に選ばれるための「三つの秘訣」が提示され、一から順番にそれを実践していくことの重要性が書かれています。
今回の旧奈良監獄のリニューアルにあたっても、まさに本書でうたわれている第一の秘訣「自分は何をしたいのかを決める」が重要視されていると言えるでしょう
私たちはこの事業を通じて「何をしたいのか?」。それは、コンセプトである「美しき監獄からの問いかけ」に表れています。だからこそ、「星のや奈良監獄」についてもあえて監獄らしさを残しました。
――ホテルなのに、「監獄らしさ」でしょうか。
星野 はい。世界には、監獄をリニューアルしたホテルはいくつかありますが、いずれも言われないとわからないくらいに、監獄らしさが消えてしまっています。しかし「星のや奈良監獄」では、しっかりと「監獄に泊まっている」ことがわかるように、監獄らしさを残しました。
1部屋は、9つの独居房の壁を取り払い1つにつなげる形で構成しています。部屋としての面積はゆったりしていますが、「9つの独居房がつながって1部屋になっている」こともわかっていただけると思います。
――監獄らしさを残す、という決断にはどういった狙いがあったのでしょう。
星野 旅行雑誌やガイドブックでは味わえない、「監獄の中に泊まる」という非日常を通して、日常を見つめ直すきっかけになれば、と考えています。
「自分の生活は、本当に自由なのか?」
「変えたいと思っているのに、変えられていないことは何か?」
ミュージアムとホテルの双方で、訪れた人にこうした問いが生まれるとよいなと思います。旧奈良監獄のリニューアルは、単に文化財を保存するためではなく、訪れた人の人生に問いを投げかけるプロジェクトでもあるのです。
(本稿は、『熱狂的ファンのつくり方』(ケン・ブランチャード/シェルドン・ボウルズ著、星野佳路監訳)に関連した書下ろし記事です)





