独創的なアニメーションを次々ヒットさせ、世界随一のクリエイティブな企業としても多くの人が憧れる、ピクサー・アニメーション・スタジオ。その共同創業者であるエド・キャットムル氏の著書『ピクサー流 創造するちから』より一部を紹介する。今回は、ルーカス・スタジオでエドが率いてきたコンピュータ部門が売却されることになり、その買収候補の一つとして出会ったアップルのスティーブ・ジョブズが、図らずもアップルを追われることになったのちに再び話をした時の戸惑いと顛末を語る。

ジョブズの沈黙とその理由
ルーカス・スタジオのコンピュータ部門買収についてスティーブ・ジョブズと最初の会合を持ってから2カ月近く、何の連絡もなかった。ただの一言も。
会ったときのスティーブの意気込みを目の当たりにしていただけに、我々は困惑した。5月下旬、スティーブとアップルのCEO、ジョン・スカリーとの衝突のことを新聞で読み、ようやくその理由がわかった。スティーブが取締役会でクーデターを起こそうとしていたことを噂で聞きつけたスカリーが、アップルの取締役会を説得してスティーブをマッキントッシュ部門の責任者から外したのだ。
騒ぎが収まったころ、スティーブのほうから連絡があった。次に賭けるべきものを求め、それがもしかしたら我々かもしれないと思ったようだ。
ある日の午後、彼はルーカスフィルムのハードウェア研究部門を見学しにやってきた。このときも質問攻めだった。ピクサー・イメージ・コンピュータにできて他のマシンにできないことは何か、誰が使うことを想定しているのか、どのような長期計画を持っているのか。我々の技術の価値を把握しようという意図は見られず、我々を相手にスパーリングすることで自分の論点を磨くことばかり考えていたようだ。
ジョブズとの決裂
スティーブの横暴な性格は、人をたじろがせる。途中、彼は私のほうを向き、私の仕事を自分に譲れと涼しい顔で言った。自分がその地位に就いて舵取りをすれば、私は彼から多くを学び、2年もすれば一人で事業を運営できるようになる、と言った。私はもちろん、すでに一人でその事業を運営している。その厚かましさに驚いた。私を経営から外そうとしただけでなく、私がそのアイデアを気に入ると思っていたのだから!
スティーブは猛チャージをかけてきた。容赦ないと言ってもいい。が、彼と会話していると、自分が想像していなかったところに連れていかれる。人に自己防衛を強いるだけではなく、人を引きつける力があった。私はそれ自体に価値があると考えるようになった。
翌日、我々は数人でメンローパークに近い閑静なウッドサイドにあるスティーブの自宅へ出向いた。その家は、かろうじてあったバイク、グランドピアノ、そして以前はシェ・パニース(サンフランシスコにある老舗オーガニックレストラン)で働いていたという二人のシェフを除けばほとんど空っぽだった。芝生に座り、8500坪の庭を見渡しながら、彼はルーカスフィルムのグラフィックス部門の買収を申し出、彼が考えた新しい会社の組織図を我々に見せた。話を聞いているうちに、彼の狙いがアニメーションスタジオをつくることではなく、アップルに対抗する次世代の家庭向けコンピュータをつくることにあることがわかった。
それは我々の描いていたものと違っていたどころか、それを完全に捨て去るものだった。だから我々は丁重にお断りした。そしてまた買い手を見つける仕事に戻った。もう時間がない。







