人生には、ときどき“取り返しのつかない小さな後悔”がある。球場の売店で選ばなかった1杯のカレー――大きな失敗でも、人生を変える選択でもない、ある日の食事の選択が12年経った今も胸に小骨のように残り続けている。発売直後から大きな反響を集めている、“幸せなお金の使い方”を教えるベストセラー『アート・オブ・スペンディングマネー 1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか?』を読んで、私はこの後悔を改めて思い出した。お金の使い方とは、結局のところ「自分の気持ちをどう扱うか」という問題なのだ、と。(執筆:前田浩弥、企画:ダイヤモンド社書籍編集局)

【後悔しないお金の使い方】12年前の「選ばなかったカレー」が教えてくれた“幸せの本質”Photo: Adobe Stock

たかが売店のカレー、されど売店のカレー

前田浩弥(まえだ・ひろや)
フリーライター・編集者
1983年生まれ。大学卒業後、編集プロダクション勤務、出版社勤務を経て、2016年に独立。ビジネス分野とスポーツ分野を中心に、書籍や雑誌の企画・執筆・編集に携わる。主な編集協力書籍に『リーダーは偉くない。』『今日もガッチリ資産防衛 1円でも多く「会社と社長個人」にお金を残す方法』(以上、ダイヤモンド社)『凡人でも「稼ぐ力」を最大化できる 努力の数値化』(KADOKAWA)などがある。

とても小さなことだが、とても後悔していることがある。あれから12年も経つのに、そして本当に小さなことなのに、いまだにとても後悔しているのだ。

12年前、私は、転勤で遠方に引っ越してしまった友人を訪ねる旅をした。友人宅から電車で30分ほどの距離にある球場で、ちょうど、私の好きなプロ野球チームがビジターとして乗り込んで試合をするということで、一緒に野球観戦をした。

晴天のデーゲーム。早めに球場入りし、売店で昼食を買って食べ、試合開始を待つことにした。

私は、その球場の名を冠したカレーが気になっていた。デカデカと「名物!」と書いてあって目を惹くし、パッケージに映っている写真もおいしそうだ。「○種のスパイスをブレンドした~~」といった売り文句も食欲をそそる。よし、これにしよう。私はカレーを買う列に並ぼうとした。

しかし友人は、「カレーを食べるならそれではなく、もう少し先の違う売店で売っている、名もなきカレーのほうがいい。そっちのほうがおいしい」と私に勧めた。

私は正直、自分が目を惹かれて気になったカレーのほうを食べたかったのだが、この球場に通い慣れている友人のアドバイスを立て、違う売店の、名もなきカレーを食べることにした。

確かにおいしかった。しかしちょっと、「これでよかったのかな」と引っ掛かるものもあった。

球場の名を冠したあのカレーは、いったいどんな味だったのだろう。名もなきカレーを食べながらふと生まれたこの思いは、日が経つにつれて大きくなり、次第に「あのカレーを食べればよかった」という後悔へと変わっていった。たかが売店のカレー、されど売店のカレー。その後悔が、12年経った今も、尾を引いているのである。

お金の使い方に、唯一の「正しい方法」などない。だから、自分で決める

『アート・オブ・スペンディングマネー』は、「自分は何にお金を使うと幸せなのか?」という指針を築くのに役立つ一冊だ。著者のモーガン・ハウセルは、「何にお金を使うべきか」を思考するポイントのひとつとして、次のように語っている。

何にお金を使うべきか、使うべきでないかを、誰かに指図されてはいけない。唯一の「正しい方法」などない。どうすれば幸せになり、充実感が得られるかは、自分自身で見つけ出す必要がある
――『アート・オブ・スペンディングマネー 1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか?』(p.38)

友人はひとえに親切心から、「あっちの売店のカレーのほうがおいしい」と私に勧めた。この行動は、正しい。実際、友人が勧めたカレーはおいしかった。しかし私は、旅の高揚感と開放感の中で、ふと目に留まったあのカレーを食べたかった。その気持ちもまた、正しかったはずだ。

お金の使い方に、唯一の「正しい方法」などない。ならば、我を張って、自分の食べたいカレーを食べればよかった。勧めたカレーを食べなかったくらいで怒るような友人ではないのだから。

そして私は、あのカレーがどんなにまずかったとしても、決して後悔しなかっただろう。

「賢い買い物」と「悔いのない買い物」は違う

その後、友人は再び転勤となった。好きなプロ野球チームがあるとはいえ、現地観戦するほど熱の入ったファンでもない私が、またあの球場に行く可能性は、だいぶ低くなった。調べてみれば、あのカレーはレトルトで取り寄せることもできるようだが、そういうことではない。あの日、晴天の下で、試合開始を待ちながらあのカレーを食べたら、どんな気分になったのだろうと、どうしても妄想してしまうのだ。

先達の意見を聞くのは大切だ。しかしハウセルの言うように、自分が何にお金を使えば幸せになり、充実感を得られるかは、自分自身で見つけ出す必要がある。私は『アート・オブ・スペンディングマネー』を読んで、改めて学んだ。

「賢い買い物」と「悔いのない買い物」は違う。万人に当てはまる「正しいお金の使い方」はないからこそ、どうせならば「悔いのない買い物」を重ねて人生を歩んでいきたい。

(本原稿は、『アート・オブ・スペンディングマネー 1度きりの人生で「お金」をどう使うべきか?』(モーガン・ハウセル著・児島修訳)に関連した書き下ろし記事です)