だから、ずーっと、いつかこんな器が小さい自分の声が小規模でもどこかに届く日が来るのかもしれないと思って忍耐力だけを頼りに活動を続けてきて、YouTubeと出会えてラッキーだった。あ、だから、要素の中の「運」も所持していた。目立ちたくない奴だと、テレビしかない時代では絶対に生き抜けなかった。YouTubeという、自分1人しか出てこない場だからなんとかなった。
娘と友達がシーソーで遊ぶ
動画を作ってみたら……
アラフィフになり、作家への誘いを断った20代の頃と比べて自分の自己顕示欲は更に弱くなる一方で、自分のYouTubeチャンネルですら、「本当は、自分よりも料理を映す時間のほうが長いのが良いよな」と思いながらやっている。
自分なんか何者でも良くて、みんなの生活の脇役になるのが目標になっている。それが自分の身の丈に一番合ってるし一番落ち着く。
先日、娘が公園で学校の友達と2人でシーソーをやってる様子を動画に撮って、それをその友達と一緒に編集した動画を見せてきた。「今の子は僕の頃とは遊び方が違うな?」としみじみと思った。
僕らはシーソーをやるだけで楽しくて、派生したとしても何人乗れるかとか、後ろ向きで乗ってみるとか、そんな遊び方しかしてなかったけど、動画に撮って編集だなんて。BGMやナレーションやテロップまで入れて作品として仕上げてくるなんて驚きだ。そして動画の中の娘も友達も本当に楽しそうで、自然と笑顔になれたしほんわかした気持ちに包まれた。
そして「パパだったらどうやって編集するの?」と言われたので、培ってきた技を駆使して仕上げた動画を娘に見せたら笑い転げながら何度も観てくれた。友達にも送ったら家族で観て、同じく笑い転げてくれたようだ。
動画作りの主役は
自分じゃなくていい
吉本興業の門を叩いてからずっと、沢山の人を笑わせることを目指して頑張ってきて、お笑いライブに出る頻度が下がってからもYouTubeを通して沢山の人に楽しんでもらえる動画を作ろうと努力してきた。







