なぜナポレオンは「負け戦」のロシアへ向かった?“万能感”の副作用
【悩んだら歴史に相談せよ】好評を博した『リーダーは日本史に学べ』(ダイヤモンド社)の著者で、歴史に精通した経営コンサルタントが、今度は舞台を世界へと広げた。新刊『リーダーは世界史に学べ』(ダイヤモンド社)では、チャーチル、ナポレオン、ガンディー、孔明、ダ・ヴィンチなど、世界史に名を刻む35人の言葉を手がかりに、現代のビジネスリーダーが身につけるべき「決断力」「洞察力」「育成力」「人間力」「健康力」と5つの力を磨く方法を解説。監修は、世界史研究の第一人者である東京大学・羽田 正名誉教授。最新の「グローバル・ヒストリー」の視点を踏まえ、従来の枠にとらわれないリーダー像を提示する。どのエピソードも数分で読める構成ながら、「正論が通じない相手への対応法」「部下の才能を見抜き、育てる術」「孤立したときに持つべき覚悟」など、現場で直面する課題に直結する解決策が満載。まるで歴史上の偉人たちが直接語りかけてくるかのような実用性と説得力にあふれた“リーダーのための知恵の宝庫”だ。
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ナポレオンの過信
「ヨーロッパはよろよろの老婆」
傀儡政権を揺るがすイベリア半島の激震
ナポレオンは、兄ジョゼフをスペイン王に据え、自らの一族によるヨーロッパ支配をさらに広げようとしました。しかし、その計画は、すぐに暗礁に乗り上げます。
スペインでは民衆の抵抗が激化し、スペイン独立戦争が勃発。フランス軍はゲリラ戦に手を焼き、鎮圧は予想以上に困難をきわめました。
経済の命脈を巡る「大陸封鎖」の亀裂
このような不安定な状況にもかかわらず、ナポレオンはさらに東へと戦線を拡大しようとします。標的は、ロシアでした。
ナポレオンがロシアを攻めようとした最大の理由は、「大陸封鎖令」にロシアが従わなかったことです。この大陸封鎖令は、ヨーロッパ諸国に対してイギリスとの貿易を禁止させ、イギリス経済を締め上げる戦略でした。
ところが、すでに産業革命を成功させていたイギリスは、海上貿易によって繁栄を維持。一方で、農業中心だったロシアにとっては、イギリスとの貿易は経済的な生命線でもあり、禁輸に応じることは現実的ではなかったのです。
破滅の序曲:禁断の「二正面作戦」へ
このロシアの「裏切り」に対して、ナポレオンは軍事行動を決断します。すでにスペインで戦争を継続していたフランスにとって、これは東西二正面作戦という非常に危険な選択でした。
【解説】手段が目的化する「戦略の暴走」
大陸封鎖令は、当初イギリスを弱らせるための「手段」でした。しかし、ナポレオンはその維持自体に固執し、パートナーであるロシアの経済的生存権(=顧客や取引先の利益)を無視しました。
ビジネスでも、一度決めた戦略やルールを守ることが目的化し、「そもそも何のためにやっているのか?」という大局観を見失うことがあります。市場環境(ロシアの事情)が変わっているのに、過去の成功体験から方針転換(ピボット)できない硬直さは、組織を破滅に導きます。
敗北を招く「戦力の分散」
スペインという「解決していない問題(出血)」を抱えたまま、ロシアという「巨大な新規プロジェクト」に手を出す――。これは経営資源の観点から見て、最も避けるべき「戦力の逐次投入・分散」です。
ビジネスにおいて、既存事業のトラブル(スペインでのゲリラ戦)を放置したまま、無理な拡大路線(ロシア遠征)に走るのは自殺行為です。「選択と集中」を誤り、二兎を追う者が一兎も得られない状況を、自ら作り出してしまったのです。
「損切り」できないリーダーの心理
スペイン戦線での泥沼化は、明らかな「サンクコスト(埋没費用)」でした。しかし、ナポレオンはそこでの失敗を認めて撤退する決断ができず、さらに大きな戦果で帳消しにしようとロシアへ向かいます。
勇気ある撤退(損切り)よりも、破滅的な賭けを選んでしまう。この心理的罠は、優秀なリーダーほど陥りやすい「万能感の副作用」と言えるでしょう。
※本稿は『リーダーは世界史に学べ』(ダイヤモンド社)より一部を抜粋・編集したものです。















