生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかる…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。今回、本書の翻訳をした夏目大氏にインタビューを実施。ミツバチの社会について本書の内容に沿って聞いた(取材・構成/小川晶子)。
社会性昆虫のスター「ミツバチ」
――『動物のひみつ』には、さまざまな動物の社会が出てきます。昆虫の社会でいえば、やはりハチは興味深いですね。
夏目大氏(以下、夏目):動物の社会性をテーマにするなら、ハチは絶対に外せません。私は本書の翻訳の話をいただいたとき、「The social lives of Animals」というタイトルを見てハチとアリの話かなと思ったくらいです。
ハチのパートは、千両役者登場!という感じですよね。著者のウォード博士も「数いる社会性昆虫の中でも、おそらく最も有名で、最も世界中の人々に愛されているのはミツバチだろう」と言っています。私もミツバチが大好きです。
――あらためてミツバチの社会について教えていただけますか?
夏目:人間も動物もみんなが大好きなハチミツは栄養価が高く、半永久的に保存できるという奇跡みたいな特性がありますが、これを作るには大変な労力がいるんですよね。
大勢の働きバチがせっせと花の蜜を集めて巣に持ち帰り、製造しているんです。ミツバチの巣は、安定状態にあれば4万から5万ものハチが互いに協力し合います。
中心にいるのは女王バチ。女王バチはひたすら卵を産み続けます。一日2000個も産むのですから、女王の仕事も大変なものです。
働きバチはみんな女王の娘です。娘たちが女王の世話をし、花の蜜と花粉を取って来て作ったローヤルゼリーを食べさせ、巣をきれいに保ち……と働きます。
働きバチは自分の子孫を残せないんです。それどころか、自分の身を犠牲にしてでも巣を守ります。
働きバチの利他的な行動
――ミツバチは巣を守るために敵に針を刺すことがありますが、そうすると自分は死んでしまうんですよね。
夏目:針にはかえしがあるので、標的となった動物の皮膚の中に残ってしばらくの間毒物を送り続けることができます。
相手が小さければ、かえしが引っかかることがないので刺した後もミツバチは生き残ることができますが、人間など大型の動物に針を刺せばかえしと一緒に臓器の一部が切り離され、死んでしまいます。
――本当に命をかけて巣を守るわけですよね……。なぜそこまでできるのだろう、と思ってしまいます。
夏目:この利他的な行動は、ダーウィンの「自然選択説」と矛盾するように見えます。ダーウィンの理論では、自分の子孫を多く残したほうが生き残るはずなのに、働きバチは自分の子孫を残さないからです。
ですから、ミツバチの行動の話はダーウィンへの反論として使われることがありました。それに対して反論したのがリチャード・ドーキンスです。ドーキンスにとってダーウィンは尊敬すべき人。ダーウィンが正しいことを証明したいという動機があったようですね。
ドーキンスは『利己的な遺伝子』の中で、個体ではなく遺伝子で考えるという視点の転換を示しました。働きバチは女王の娘ですから、遺伝子を共有しています。遺伝子を残すために行動しているのだというわけです。
2443回ハチに刺された男
――人間からすれば捨て身のミツバチに刺されたくないですが、『動物のひみつ』の中に世界一ハチに刺された男の話が載っていました。
夏目:歴史上最も多くミツバチに刺されながら生き延びた人として、ギネスブックにも認定されているヨハネス・レレケさん。1962年、彼は当時のローデシア(現ジンバブエ共和国地域)の低木の茂みで犬を散歩させていました。何らかの理由でミツバチを怒らせてしまったらしく、攻撃を受けたんです。
一目散に逃げたレレケさんは犬とともに川に飛び込んだのですが、呼吸が苦しくなると顔を水面から出します。ミツバチは川を下っていく彼を追いかけ、機会を見つけては刺しました。
その数なんと2443!彼の身体からそれだけの針が見つかったのです。しかも一緒にいた犬は、川に飛び込んだあと運悪くワニにさらわれたとかで……。気の毒な話です。
ミツバチから攻撃を受けたとき、川に飛び込めば助かるのではないかと思うかもしれませんがそんなことはないんですね。刺されたときにフェロモンがかかっていれば、水で洗い流すことは難しいのです。
レレケさんは助かって良かったですが、ミツバチを怒らせないようにしたいものですね。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉に関連した書き下ろしです)
40億年を生き延びた生物が教えてくれること――訳者より
ある日突然、この世界から自分以外の人間が消えたら、と想像したことが誰でも一度くらいはあるのではないだろうか。
自分以外に人がいないとまず、電気が来ない、水道もガスも出ない。電車もバスも走らない。しばらくは生きられるかもしれない。食料はスーパーなどに行けば一応、ある。日持ちのするものもなくはないし、水はある。ただ、それも時間の問題だ。そう長くは生きられないに違いない。
人間は支え合って生きている。つまり人間は「社会的な動物」である、ということだ。それは精神的な意味だけでなく、もっと切実な物理的な意味でもそうだ。群れを成し、集団で生きる動物なのである。どれほど孤独を好む人ですらそうだ。
社会的な動物と聞いて思い浮かべるのはどの動物だろうか。よく知られているのはハチやアリだろうか。動物園でサルの群れを見たことがある人もいるだろう。オオカミやライオンも群れを成すし、イワシなどの魚も水族館で大群で泳いでいるのを見ることができる。集団で生きているものを社会的な動物と呼ぶのだとすれば、そうでないものをあげる方が難しいかもしれない。
本書はアシュリー・ウォード著“The Social Lives of Animals”の全訳である。直訳すると「動物の社会生活」となるタイトル通り、オキアミやバッタからチンパンジー、ボノボに至るまで様々な社会的動物の生態を詳しく解説してくれる。
だいたい進化の順(人間から遠い順)に並べているのだと思うが、読んでいて感じるのは、結局、どの動物も共通の祖先から生まれた親戚なのだなということである。もちろん、種ごとに大きな違いはあるのだけれど、本質的な部分に違いはない。人間もそこに含まれる。著者も文中で言っている通り、人間と動物の違いは量的なものでしかなく、質的なものではないということだ。
四十億年の時を超えて生き延び、今、生きているのだから、方向はそれぞれに違えど皆、必要にして十分な進化を遂げてきたのである。その意味で等価だ。どの生物も違う歴史をたどればまったく違ったものになっただろう。いずれも偶然の産物である。
皆、生き延びて子孫を残す、という目的は共通なのに、置かれた環境、経てきた歴史の違いにより私たち人間とどれほど違った、どれほど驚異的な生態の動物が生まれたのか、本書はそれを教えてくれる。
本書は一応、分類すれば「ポピュラー・サイエンス」の本ということになるのだが、読むのに高度な科学知識は必要ない。もちろん著者は専門の研究者として極めて科学的に研究をしているのだが、その成果の一つである本書は、言ってみれば「異文化理解の本」になっているからだ。
相手は人間ではなく、人間とは異種の動物たちだが、それぞれがどのような社会を作りどのように暮らしているかを知る、という意味では、外国の文化、社会を知る、というのと本質的には同じである。自分と異質なものを知りたいという好奇心のある人ならば誰でも楽しめるし、得るものがある。
本書にはもちろん、知らなかったことを知る喜びがあるのだが、単に雑学知識が増えるということではない。最も大事なのはそれまでになかった新たな視点が得られることだろう。視点が増えれば、長期的には人生がまったく違ったものになる可能性がある。本書が読者にとってそういう一冊になれば訳者にとってこれ以上の喜びはない。
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「「渡り鳥がVの字で飛行する際の驚くべき省エネ戦略や、ライオンの子殺しの真相など、次々と「動物のひみつ」が明らかになり、人間や動物の社会性って何なんだろうと考えさせられる。辞書のように分厚い本だが、あれよあれよという間に読み進んでしまい、感動の読後感が残った」(竹内薫氏・サイエンス作家)
☆ダヴィンチWEB・書評掲載(2024/4/10)☆
「突き抜けた動物愛を持つウォード博士の視点は、まさに独特。目次を見ると「シロアリは女王のために自爆する」「ゴリラは自分の罪をネコになすりつける」「クジラは恨みを忘れない」など、どれも興味深いものばかりです。厚さ約4センチで、読み応えたっぷりの一冊」(中村未来氏)
☆世界各国で絶賛続々! あなたの世界観が変わる瞠目の書!!☆
山極壽一(霊長類学者・人類学者)
「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」
橘玲(作家)
「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」
サンデー・タイムズ紙
「非常に印象的な本だ。ウォードは動物を細部までよく見ていて、生き生きと書いている」
ガーディアン紙
「魅力的で並外れた物語。サイエンスの面白さを伝えるとびきりの贈り物だ」
ウォール・ストリートジャーナル紙
「あらゆる場面で読者を驚かせるものが待っている。この本を支えているのは、著者のストーリーテリングの天賦の才能だ」
スティーブ・ブルサット(エディンバラ大学教授・古生物学者、ニューヨークタイムズ・ベストセラー著者)
「著者は動物が一般に考えられているよりもずっと社会的であることを明らかにする。最新の科学に深く切り込みながら、古い固定観念を打ち砕く。著者が描くのは、牙と爪で血の色に染まった自然ではなく、協力と協調にあふれた自然の姿だ」