生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかる…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」山極壽一氏(霊長類学者・人類学者)、「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」橘玲氏(作家)と絶賛されている。本稿では、その内容の一部を特別に掲載する。

オリックスやガゼルの赤ちゃんをまるで「我が子」のように世話をする…「草食動物」を育てる驚きの“雌ライオン”の意外な真実とは?Photo: Adobe Stock

捕食動物の母性本能

 ライオンの社会性、協調行動は、縄張りを勝ち取り、守るためだけのものではない。

 そのことについて触れる前に、まず、ライオンの群れ(プライド)とは具体的にどういうものかを詳しく見ていこう。

 哺乳類の群れと、本書ですでに取りあげてきた鳥類や魚類の群れとの大きな違いは、おそらく、哺乳類の群れが通常、大人の雌を中心に作られるということだろう。ライオンの群れも例外ではない。ライオンの群れにも、その中心には多数の雌ライオンたちがいる。

 その雌ライオンたちは皆、血縁的に近いことが多い。一つの群れの中に何世代ものライオンが共存していることもある―娘、母親、祖母、稀には曾祖母まで共存している場合もある。

 群れの中の雌ライオンたちは、他の雌が入って来ることを徹底的に拒む。そのおかげで群れは血縁者ばかりになるのだ。血縁者なので、時には、群れの中の他の雌の子を世話することもある。

 狩りや他の群れとの戦いで母親が死んだ場合には、孤児を別の雌が引き取ることさえある。ライオンのように恐ろしく情け容赦のない捕食動物が、このように強い母性本能を持っているのは矛盾していると感じられるかもしれない。

雌ライオンと草食動物の子ども

 ごく稀にだが、雌のライオンが、本来は獲物になるはずの動物の子を世話することもあるのだ。生後数日くらいのオリックス、スプリングボック、ガゼルが雌ライオンのそばにいる姿が目撃されたこともある。

 雌ライオンは、そうした動物の子をまるで我が子のように世話し、守る。本物の我が子が死んでしまった雌ライオンがそのような行動を取ることが多いようだ。

 そのことが、この行動の理由を知る手がかりになると考えられる。

 先駆的な動物行動学者、コンラート・ローレンツは、そもそも動物の子どもには、「世話をしたい」と思わせる特徴がいくつか備わっている、と主張した。

 たとえば、身体に比して不釣り合いに大きい頭、小さな鼻、大きな目などは、そうした特徴だと言える―実際、今のテディベアのぬいぐるみはそのような姿をしている。

私たちは動物の赤ちゃんをかわいいと思うようにできている

 しかし、ビクトリア朝時代のテディベアを見ると、現在のもののようないかにも「かわいい」姿ではなく、もっと「熊らしい」姿をしていることに気づくだろう。

 当時は、食物連鎖の頂点に立つ捕食者の実物そっくりなぬいぐるみがベッドで共に寝ていれば、子どもが強く育つはず、と考えられたのかもしれない。

 だが、その後、子どもっぽいかわいらしい見た目のぬいぐるみの方が愛着を持たれやすい、と玩具メーカーは気づいたのだ。そういうぬいぐるみだと、子どもが親に買ってくれと強くせがむのでよく売れる。

 そのため、テディベアは次第に現在のようなかわいい見た目に変わっていった。私たちは生まれつき、動物の赤ちゃんをかわいいと思うようにできているらしい。

 雌ライオンが、本来、被食者であるはずの動物の子どもを世話する理由もそこにあるのではないだろうか。

 とはいえ、ライオンの群れは、もちろんガゼルの子どもが育つのに適した環境とはとても言えない。ある雌はその子を守りたいと思っていても、別の雌が腹をすかせていればそれで終わりかもしれない。

(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉を編集、抜粋したものです)