生き物たちは、驚くほど人間に似ている。ネズミは水に濡れた仲間を助けるために出かけるし、アリは女王のためには自爆をいとわないし、ゾウは亡くなった家族の死を悼む。あまりよくない面でいえば、バッタは危機的な飢餓状況になると仲間に襲いかかる…といったように、どこか私たちの姿をみているようだ。
ウォール・ストリート・ジャーナル、ガーディアン、サンデータイムズ、各紙で絶賛されているのが『動物のひみつ』(アシュリー・ウォード著、夏目大訳)だ。シドニー大学の「動物行動学」の教授でアフリカから南極まで世界中を旅する著者が、動物たちのさまざまな生態とその背景にある「社会性」に迫りながら、彼らの知られざる行動、自然の偉大な驚異の数々を紹介する。本稿では、女優・作家の中江有里さんに本書の魅力を寄稿いただいた(ダイヤモンド社書籍編集局)。
球場での出来事
某球場で昼飯を買おうしたら、どの店も混雑していた。ふと目に入った行列がスイスイと進んでいたので、反射的に後ろに並んだ。
すると前にいる男性がこちらを振り返って言った。
「ここ、男子トイレの列ですよ」
餌を得るため、危険から逃れるために、多くの動物は群れを成す。
動物の群れは、その中の5%が意思を決めて、残りはそれについていくのだという。
本書のエピソードに触れ、行列に並べば食べ物にありつけると考えた自分は、5%のリーダーについていくだけの95%だと思い、我ながらガックリした。
人間の中にある動物的なもの
この文章を書いているわたしも、読んでいるあなたも動物だ。だけどそのことを普段は忘れている。だから自分の中の動物的なものを発見するのは不思議で面白い。
本書で紹介される動物たちの行動には驚いたり、共感したりの連続だ。
青とグレーの美しい鳥・フロリダカケスは親子以外の親戚を含めた「拡大家族」を成して生活している。
成鳥になった子どもは家族のために餌を獲ってきたり、縄張りを見張ったり、年少の鳥たちのために働く親孝行な鳥……と思いきや、独り立ちできないからやむなく家にいて「家事手伝い」をしているらしい。何と切ない。
同じく家族で生活するシロビタイハチクイの父鳥は子の繁殖行動を妨害し、いつまでも群れに留めて、子を便利に使おうとする。まるでヤングケアラーのような子どもたち。人間も独りで暮らせるだけの稼ぎがなかったり、奨学金の返済があったりして仕方なく実家暮らしする場合があるけど、鳥の方が壮絶かも。
大型のネコ科動物であるライオン。ネコは勝手気ままなイメージがあるけど、ライオンは社会的動物で集団行動をする。群れは最上位の雄と血縁の雌たちと子ども。群れの出入りが激しい雄に対し、常に同じ群れにいる雌たちは、ある雌が亡くなっても、別の雌が死んだ仲間の子を育てるという。これぞ血縁の絆。
一方、ネズミは過去に助けてもらった相手に親切にする。これを「互恵的利他主義」と呼ぶ。つまり「情けは人の為ならず」。他者に親切すれば自分の得になると知っているのだ。
動物行動学を知る
人間の場合も同じ理由で「互恵的利他主義」を発動する。ただし「利他」が「利己」につながるだけじゃない事情も生まれている。
現代はどこで誰に見られて(撮られて)いるかわからない社会だ。好き勝手にふざけた動画がネットで炎上し、知らない誰かに素性をバラされることも珍しくない。こうして「人目」というプレッシャーが好き勝手したい利己的行動を抑制することもある。
あらためて記すと「社会」とは人の集まるところだ。その社会に広く通ずる性質を「社会性」と言う。すべての動物はそれぞれの社会性を背景に生きている。
人間という動物の社会性はさまざまな文化、技術の発達によって他の動物とは少し違ってしまった。しかし本書を読み進めていくと、根本的には変わらないとも思う。
群れを成すこと、人に親切にすること、そして危機や食べ物のありかを伝えることで、命を繋いできた。
しかし仲間は繁殖のライバルにもなる。 食う食われる宿命にある動物にとって、自分の遺伝子を残すために仲間と争い、裏切り、協力しているのだ。
そんな動物の宿命から外れた人間が少子化の一途を辿っているのは皮肉な話ではあるけれど。
動物行動学を知ることで、自分の無意識な行動の意味が浮かび上がり、人間関係に悩んでいる人なら「自分も相手もしょせん動物」と納得することもあるかもしれない。
人間の言葉を持たない動物のコミュニケーション術や生き延びる秘訣も含め、この本に記された動物の行動はどこか人間らしい。
いや、すべての人間は動物らしいのだ。
中江有里(なかえ・ゆり)
1973年大阪府生まれ。法政大学卒。89年芸能界デビュー。NHK朝の連続テレビ小説「走らんか!」ヒロイン、映画「学校」、「風の歌が聴きたい」などに出演。NHK「週刊ブックレビュー」で司会を務めた。読書に関する講演、小説、エッセイ、書評も多く手がける。著書に小説『わたしたちの秘密』(中公文庫)、『水の月』(潮出版社)、『万葉と沙羅』(文藝春秋)など。2023年7月 New配信シングル『二人の掟』リリース。文化庁文化審議会委員。天理大学客員教授。
(本原稿は、アシュリー・ウォード著『動物のひみつ』〈夏目大訳〉に関連した書き下ろしです。)
40億年を生き延びた生物が教えてくれること――訳者より
ある日突然、この世界から自分以外の人間が消えたら、と想像したことが誰でも一度くらいはあるのではないだろうか。
自分以外に人がいないとまず、電気が来ない、水道もガスも出ない。電車もバスも走らない。しばらくは生きられるかもしれない。食料はスーパーなどに行けば一応、ある。日持ちのするものもなくはないし、水はある。ただ、それも時間の問題だ。そう長くは生きられないに違いない。
人間は支え合って生きている。つまり人間は「社会的な動物」である、ということだ。それは精神的な意味だけでなく、もっと切実な物理的な意味でもそうだ。群れを成し、集団で生きる動物なのである。どれほど孤独を好む人ですらそうだ。
社会的な動物と聞いて思い浮かべるのはどの動物だろうか。よく知られているのはハチやアリだろうか。動物園でサルの群れを見たことがある人もいるだろう。オオカミやライオンも群れを成すし、イワシなどの魚も水族館で大群で泳いでいるのを見ることができる。集団で生きているものを社会的な動物と呼ぶのだとすれば、そうでないものをあげる方が難しいかもしれない。
本書はアシュリー・ウォード著“The Social Lives of Animals”の全訳である。直訳すると「動物の社会生活」となるタイトル通り、オキアミやバッタからチンパンジー、ボノボに至るまで様々な社会的動物の生態を詳しく解説してくれる。
だいたい進化の順(人間から遠い順)に並べているのだと思うが、読んでいて感じるのは、結局、どの動物も共通の祖先から生まれた親戚なのだなということである。もちろん、種ごとに大きな違いはあるのだけれど、本質的な部分に違いはない。人間もそこに含まれる。著者も文中で言っている通り、人間と動物の違いは量的なものでしかなく、質的なものではないということだ。
四十億年の時を超えて生き延び、今、生きているのだから、方向はそれぞれに違えど皆、必要にして十分な進化を遂げてきたのである。その意味で等価だ。どの生物も違う歴史をたどればまったく違ったものになっただろう。いずれも偶然の産物である。
皆、生き延びて子孫を残す、という目的は共通なのに、置かれた環境、経てきた歴史の違いにより私たち人間とどれほど違った、どれほど驚異的な生態の動物が生まれたのか、本書はそれを教えてくれる。
本書は一応、分類すれば「ポピュラー・サイエンス」の本ということになるのだが、読むのに高度な科学知識は必要ない。もちろん著者は専門の研究者として極めて科学的に研究をしているのだが、その成果の一つである本書は、言ってみれば「異文化理解の本」になっているからだ。
相手は人間ではなく、人間とは異種の動物たちだが、それぞれがどのような社会を作りどのように暮らしているかを知る、という意味では、外国の文化、社会を知る、というのと本質的には同じである。自分と異質なものを知りたいという好奇心のある人ならば誰でも楽しめるし、得るものがある。
本書にはもちろん、知らなかったことを知る喜びがあるのだが、単に雑学知識が増えるということではない。最も大事なのはそれまでになかった新たな視点が得られることだろう。視点が増えれば、長期的には人生がまったく違ったものになる可能性がある。本書が読者にとってそういう一冊になれば訳者にとってこれ以上の喜びはない。
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「「渡り鳥がVの字で飛行する際の驚くべき省エネ戦略や、ライオンの子殺しの真相など、次々と「動物のひみつ」が明らかになり、人間や動物の社会性って何なんだろうと考えさせられる。辞書のように分厚い本だが、あれよあれよという間に読み進んでしまい、感動の読後感が残った」(竹内薫氏・サイエンス作家)
☆ダヴィンチWEB・書評掲載(2024/4/10)☆
「突き抜けた動物愛を持つウォード博士の視点は、まさに独特。目次を見ると「シロアリは女王のために自爆する」「ゴリラは自分の罪をネコになすりつける」「クジラは恨みを忘れない」など、どれも興味深いものばかりです。厚さ約4センチで、読み応えたっぷりの一冊」(中村未来氏)
☆世界各国で絶賛続々! あなたの世界観が変わる瞠目の書!!☆
山極壽一(霊長類学者・人類学者)
「オキアミからチンパンジーまで動物たちの多彩で不思議な社会から人間社会の本質を照射する。はっとする発見が随所にある」
橘玲(作家)
「アリ、ミツバチ、ゴキブリ(!)から鳥、哺乳類まで、生き物の社会性が活き活きと語られてめちゃくちゃ面白い。……が、人間社会も同じだと気づいてちょっと怖くなる」
サンデー・タイムズ紙
「非常に印象的な本だ。ウォードは動物を細部までよく見ていて、生き生きと書いている」
ガーディアン紙
「魅力的で並外れた物語。サイエンスの面白さを伝えるとびきりの贈り物だ」
ウォール・ストリートジャーナル紙
「あらゆる場面で読者を驚かせるものが待っている。この本を支えているのは、著者のストーリーテリングの天賦の才能だ」
スティーブ・ブルサット(エディンバラ大学教授・古生物学者、ニューヨークタイムズ・ベストセラー著者)
「著者は動物が一般に考えられているよりもずっと社会的であることを明らかにする。最新の科学に深く切り込みながら、古い固定観念を打ち砕く。著者が描くのは、牙と爪で血の色に染まった自然ではなく、協力と協調にあふれた自然の姿だ」