ターナーはこの手紙を「デイリー・ヘラルド」紙の社説に一言一句違わずに転載するという復讐に出た。匿名での転載ではあったが、父親は激怒した。

社会に反抗し続けた
元非行少年のバフェット

 ウォーレン・バフェットも両親や教師との争いが絶えなかったひとりで、警察沙汰になったこともあるほどだ。

 バフェットは若い頃の自分を振りかえり、「反社会的な」人間だったと素直に認めている。

「悪い連中とつるんでは悪さをしていた。ただやみくもに反抗していたんだ。幸せではなかった」

 両親は彼の行動に唖然とした。1944年後半には、「いわゆる非行少年になっていた」と伝記の著者は言う。

 成績は非常に悪く、普通に接することもきわめて難しい生徒だったため、教師たちも匙を投げ、彼をひとり別室に入れて「ドアの下から教材を差し入れられたこともあった。

 それは、まるで独房のハンニバル・レクター(訳注:トマス・ハリス著『羊たちの沈黙』等に登場する架空の猟奇的殺人犯。あまりの凶暴性・異常性ゆえに厳重管理の独房に収容されていた)のような扱いだった……私はただただ反抗していた……素行の悪さという点では突出した存在だった」。

『巨富を築いたビリオネアの思考法』書影『巨富を築いたビリオネアの思考法』(ライナー・ツィテルマン著、国枝成美訳、アルソス)

 また、バフェットは当時を思い出してこう語っている。卒業式の日、彼は身につけるよう言われていたスーツとネクタイを拒否した。

「学校側は私を、クラスのみなと一緒に卒業させてはくれなかった……あまりにも問題行動がひどく、適切な服装をしていないから、というのがその理由だった」

 ここまで見てきたとおり、反抗的な資質を持った人たちは自らビジネスを始める方向に向かいやすいし、人から押し付けられた制度や規則を拒絶し、自分で好きなようにやりたいと考えるようだ。

 無論、人がつくった規則や基準に従うことができず、権威的な立場の人たちと衝突を繰りかえす人がみな成功するとは限らない。

 ここで取り上げた人たちは後に成功者と言われるようになったが、その成功には多くの人とは違う、彼らが持つ何か特別な才能や精神的資質が影響していたのはまちがいない。