理由もなく涙が出てくる日々
もし夫が不貞をしていなかったら?

 夫の趣味でもない高価なハンカチを買ってきたり、後輩からもらったと言い張る最新のスマートフォンや、たばこを吸ってくると言って夜中に2時間も出かけたり、接骨院に行くと毎週末出かけては帰宅が深夜になったりと、異常とも思える現実に積もりに積もった違和感は、不貞を確信するに至りました。

「それでも泣いている場合じゃないと思ってました。子どももいるし、仕事もあるし、私が崩れたら全部ダメになる気がして」

 一睦さんの不貞を疑い始めてからも仕事では笑顔を保ち、子どもの前ではいつも通りの母親を演じ続けていたそうです。

 ただ、夜、子どもを寝かしつけたあとだけは違いました。一睦さんはいつからか自分の部屋で一人で寝るようになり、隣で寝る子どもの寝息を聞きながら、理由もなく涙が出るようになりました。

 必死で声を殺して布団の中で丸まりながら「私、何か間違えたのかな?ちゃんと妻をやれてなかったのかな?もし離婚することになったらどうすればいいの?子どものために我慢すればいいのかな?」と、感情のコントロールが利かず、答えの出ない問いを何度も繰り返していたそうです。

 満足に眠ることもできず、朝が来れば子どものご飯を作り保育園に送り届け、仕事場に向かい、夕方には子どもを迎えに行き、家事・炊事に追われて、いつものサイクルで日々が過ぎていきました。そこには自分勝手に生活する一睦さんの姿はありませんでした。

「片岡さん、もし夫がただの心変わりで家族から心が離れているだけだとしたら、不貞をしていなかったとしたら、私はどうかしてしまっているかもしれませんね」

 そう言って、瑠花さんは力なく笑いました。

 その笑顔は、自分を責めることで必死に踏みとどまろうとしている自嘲(じちょう)気味な笑顔でした。

 私は少し間を置いてから「それなら、それでいいんです」と伝えました。

 彼女は一瞬、きょとんとした表情を浮かべました。

「不貞をしていなかったら、あなたは疑ってしまった人じゃなくて、ちゃんと家族を守ろうとした人なんです」

 瑠花さんの目に力が宿りました。