「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。じっくり人生を振り返る人も多いこの時期に、この本に込めた、著者の山口さんのメッセージを聞きました(構成/小川晶子)。

とんでもなく頭のいい人は、2026年に何を学ぶ? AIより効果があるのは?Photo: Adobe Stock

流行りの資格やスキルは「戦略的にスジが悪い」

――キャリアアップのために、新たなスキルを身に着けたり資格を取得したりする人も多いと思います。できれば「スジの良い学び」に時間資本を投下したいところですが、何に気を付けたらいいでしょうか?

山口周氏(以下、山口):それを考えるには、労働市場における価値が何によって決まるかを理解しておく必要があります。労働市場における価値は、「能力や知識の水準」によって決まるのではないかと考えている人は多いかもしれません。でも、残念ながらその答えでは不十分です。なぜなら、どんなに素晴らしい能力や知識であっても、それが需要に対して過剰に供給されることになれば、それらの能力や知識には価値が認められないからです。

これは非常に重要な点なので、市場におけるポジショニングを検討する際には常に頭に置いておいてほしいですね。

「市場における価値」は、「能力や知識の水準」ではなく「需要と供給の関係」で決まるということです。

――需要が大きいスキルや知識を身に着けるのが良いのですね。

山口:そうです。ただし、今流行っているものではダメですよ。流行りの資格や学位を取るために時間をかけることは、競争戦略論の枠組みから言えば最もやってはいけない時間資本の使い方です。

なぜなら、流行っているということは、今後供給量が大きく増加することを意味するからです。供給量が大きく増加することが予測されるスキルや知識を獲得するために時間資本を投資するのは、戦略として悪手としか言いようがありません。

AI関連のスキルを学ぶのは?

――たとえば、今AIが流行っています。AIについて学んでスキルを身に着けようとするのはスジの悪い選択でしょうか。

山口:今AI関連人材の報酬水準が高いのは、需要に対して供給量が圧倒的に足りていないからです。その理由は単純で、まったく人気がなかったからです。1980年代の第2次AIブームが去った後、1990年代は「AIの冬の時代」でした。人工知能に関する研究は下火になり、関連する学位を取る学生も激減して、人材の供給量が大幅に細ったところへ、現在のAI第3次ブームがやってきたんです。

そして今、AI関連のスキルを学ぼうとする人が急増していますから、数年後には供給過剰になって価値が下がる可能性が高いでしょうね。

これは株式市場における投資と同じです。人気になっている銘柄の株価は上がりますが、そういった銘柄に手を出せば、高値づかみのリスクは高まります。

知識やスキルなどの人的資本に関しては、流行しているテーマに手を伸ばすよりも、むしろ積極的に「逆バリ」することが求められるとも言えるでしょう。

AIに仕事を奪われないための3つの対抗策

――AIと言えば、AIの普及によって仕事が奪われる不安もあると思います。その点はどうでしょうか。

山口:AIによる認知的労働の代替は、投資銀行や弁護士事務所など、報酬水準の高い領域から順々に進行しています。今後、人工知能のコストが低下していけば、私たち人間が担ってきた認知的労働の多くがAIによって代替されることになるでしょうね。

――対抗策はありますか?

山口:大きく3つあると思っています。

1つ目は、「正解のある仕事を避ける」。人工知能は「正解を出す機械」ですから、人工知能が普及した社会では「正解の過剰供給」が起きることになります。過剰に供給されるものの価値は下がるというのが経済学の基本的な原則ですから、正解を出す能力の価値も下がり、そのような能力を要する仕事の報酬も低下することになるでしょう。

2つ目は「感性的、感情的な知性を高める」。世の中の仕事の多くは、認知的な知性に加えて、それと同等以上に感性的、感情的な知性も求められます。

たとえば、私が長らく携わっている経営コンサルタントや人材育成、組織開発といった仕事では、実は認知的な知性以上に、クライアントの感情を察知したり、逆に感情を揺さぶったりするための感情的な知性が求められます。現時点では、このような領域については人工知能より人間にアドバンテージがあります。

そして3つ目は、「問題を提起する力を高める」ということです。AIによって正解を出す能力が過剰に供給されれば、ボトルネックはその前工程となる「課題設定のプロセス」に移行します。問題の解決の前には、必ず問題の設定が必要になるからです。

AIがもたらす過剰な正解提供能力を価値につなげられるかどうかは、前工程においてどれだけ良質な問いを立てられるかどうかにかかってくるんです。

問題を提起する力を高めるには

山口:では、どうすれば問題を提起する力を高められるか。これは人によっていろんな回答があると思いますが、私自身はリベラルアーツしかないと思っています。リベラルアーツとは、「自由に思考するための技術」のことです。「これは本当に正しいのか?」と常に問いかけ、現状とは異なる「あるべき姿」について構想する力がリベラルアーツなのです。

(この記事は、『人生の経営戦略』に関連した書き下ろしです)