「あなたは人生というゲームのルールを知っていますか?」――そう語るのは、人気著者の山口周さん。20年以上コンサルティング業界に身を置き、そこで企業に対して使ってきた経営戦略を、意識的に自身の人生にも応用してきました。その内容をまとめたのが、『人生の経営戦略――自分の人生を自分で考えて生きるための戦略コンセプト20』「仕事ばかりでプライベートが悲惨な状態…」「40代で中年の危機にぶつかった…」「自分には欠点だらけで自分に自信が持てない…」こうした人生のさまざまな問題に「経営学」で合理的に答えを出す、まったく新しい生き方の本です。この記事では、本書より一部を抜粋・編集します。

人生は、時間資本を別の資本に変えるゲーム

 ここまでの定義を図式化すると図のようになります。

 スタートポイントは時間資本です。人生のステージの最初の段階、10代から20代にかけての「働き始めの時期」においては、スキルや知識といった人的資本も、信用や評判といった社会資本も、持っていないという人がほとんどでしょう。彼らが持っている資源はただひとつ、それは「ありあまる時間資本」だけです。

 この時間資本を、良い学びを得られる「スジの良い学習」や、良い経験を得られる「スジの良い仕事」に投下すると、その時間資本は、知識・経験・スキルといった人的資本に転換されます。

 本書では、「成長・発展している場所」と「停滞・衰退している場所」のどちらに身を置くかで、人生には天地の違いが生まれてしまう、ということを指摘しましたが、両者の違いは、この「時間資本を人的資本に転換する効率」の違いによって生まれるのです。

 もし、あなたが、自分の時間資本を、濃密で有意義な経験が得られる「スジの良い仕事」に投下するのであれば、投下した時間資本は高い効率で人的資本に転換されることになります。

 一方で、この時間をスジの悪い仕事に投下してしまえば、投下した時間資本はそのままドブに捨てることになり、人的資本としてリターンを得ることができません。本書で後ほどあらためて触れたいと思いますが、キャリアの前半のステージで、どのような仕事に取り組むかは、この「時間資本の人的資本への転換」という観点から非常に重要な論点となります。

 最近は「手っ取り早くラクに稼げる」という理由で、グレーゾーンすれすれの仕事に手を染めてしまう人が少なくありませんが、そんなことをいくら繰り返しても人的資本の蓄積は進まず、時間が経てば経つほど、人生はますます袋小路の難しい状況に追い込まれることになります。

異業種交流会に行っても意味がない理由

 自分の時間資本を良質な経験を得られる「スジの良い仕事」に投下して人的資本が育ってくると、この人的資本が高い水準のアウトプットやパフォーマンスを生み出すことになり、これがやがて「あの人に仕事を頼みたい」「あの人なら間違いがない」といった評判や信用やネットワーク、つまり社会資本を生み出すことになります。

 ここでポイントとなるのは、社会資本を生み出すのは人的資本であり、直接的に時間資本を投下しても、社会資本の構築は進まない、ということです。

 図中で、時間資本と社会資本を結ぶ線が破線になっていることに注意してください。これが、いわゆる「異業種交流会の不毛」の原因です。この枠組みに沿って説明すれば、異業種交流会というのは、まさに社会資本を形成するために行われるわけですが、社会資本は、人的資本に裏打ちされた高い水準のパフォーマンスやアウトプットによって初めて構築されるのであって、いきなり時間資本をダイレクトに社会資本の構築に投下しても構築できないのです。

 この点については私自身についても苦笑してしまうような思い出があります。20代の後半で、まだ「世界ゲームの原理」がクリアに見えていなかった頃のことです。仕事はそれなりにこなしてはいるものの、いまひとつ「自分の人生を生きている」という手応えが希薄で、常に「こんなことをやっていていいのか」という猜疑に苛まれていました。そんな中、諸先輩方の「人脈が大事」という言葉にいいように踊らされ、随分な数の、いわゆる「異業種交流会」に時間資本を投下していたのです。

 いまから振り返れば「いきなりスカウトされて要職に抜擢」みたいなことをどこかで夢見ていたのだと思いますが、当然ながら、何の人的資本の裏打ちもない私にそのようなことが起きるわけもありません。最終的には、何度か参加したのち「夢みたいなことを考えていないで、とにかく一歩一歩進むしかない」という当たり前のことを再認識させられたのでした。

「スキルがある」だけでは収入は増えない

 同様のことが金融資本についても言えます。つまり、金融資本を生み出すのは信用・評判・ネットワークといった社会資本であり、社会資本の裏打ちのないままに直接的に金融資本を増やそうとするのは非常に効率が悪い、ということです。

 図中で「人的資本と金融資本はつながっていない」という点に注意してください。これは何を意味しているかというと、金融資本を生み出すのは主に社会資本であって、人的資本は間接的にしか影響しない、ということなのです。

 自分の収入を上げるためにスキルや資格を身につけようと頑張っている人からすれば、「そんなバカな」と思われるかもしれませんが、よく考えてみてください。確かに、私たちは自分の能力や知識を労働市場において取引しているわけですが、この際、取引の相手側である雇用者の意思決定を左右しているのは評判や信用といった社会資本であって人的資本ではありません。理由は単純で「人的資本は外側から見えない」からです。

 彼らが取引の意思決定で用いているのは学歴や職歴や賞罰といった情報、つまり「人的資本を代理的に表明する記号」であって人的資本そのものではないのです。

 これは私たち自身の購買行動を振り返ってみればすぐにわかります。日用品にせよ家電製品にせよ自動車等の耐久消費財にせよ、私たちは商品そのものの物性や性能をつぶさに比較して購入しているわけではありません。多くの人はその製品やメーカーの信用・評判・知名度等を大きな判断材料にしているはずです。見たことも聞いたこともないようなメーカーの製品は、いくら「ちゃんとつくられています」と説明されたところでなかなか買えるモノではありません。

 つまり「金融資本を生み出すのはその人の持っている信用・評判・知名度などの社会資本であって、知識・能力・コンピテンシーなどの人的資本ではない」ということです。これはキャリアを考える上で非常に重要な点であるにもかかわらず、多くの人が誤解している点です。