ここで言う「諦める」は「断念する」というより、「吹っ切る」「気持ちを切り替える」という意味です。
過ぎ去った失敗にこだわっていつまでもクヨクヨしたり、思い悩んだりしているのは、時間の無駄でしかありません。
「まあいいか」と吹っ切って、意識を未来へ向けたほうがよっぽど建設的なのです。
「それがどうした」
開き直って真正面からぶつかる
2つめは、「それがどうした」。
困難に直面したとき、難題を課されたとき、強大な敵と対峙したときなどに、「どうしよう」「困ったな」「とても無理だ」などというネガティブな感情を持つのではなく、「やってやろうじゃないか」とポジティブに考えるための言葉です。
そんな状態になっているのだから、愚痴を言っても始まりません。逃げようにも逃げ場がない。避けたくても避けられません。
そうなったら“当たって砕けろ”――と前を向くしかないのです。
「それがどうした」は、ある意味で「開き直り」です。
「勝てるわけがない」と尻込みしているより、「それがどうした。たとえ負けたって、命を取られるわけじゃない。やってやろうじゃないか」と開き直って、真正面からぶつかってみる。そのほうが、うまくいく確率がぐっと上がるのです。
幕臣でありながら、明治維新の英傑に数えられる勝海舟に、こんな言葉があります。
「危難に際会して逃げられぬ場合と見たら、まず身命を捨ててかかった。しかして不思議にも一度も死ななかった」
絶体絶命のピンチに陥った際には、命を懸けて向かっていった。その“開き直り”の結果、「一度も死ななかった」と語っているのです。
海舟はこうも言っています。
「どんな難事に出会っても臆病ではいけない。“さあ、なにほどでも来い。おれの身体がねじれるならばねじってみろ”という料簡で事をさばいてゆくときは、難事が到来すればするほどおもしろ味がついてきて、物事は造作もなく落着してしまうものだ」
“ねじれるならばねじってみろ”――これこそまさに「それがどうした」の精神。開き直って難事にぶつかろうという意気込みです。







