そのときのMさんの顔を漢字2文字であらわせば「圧勝」あるいは「絶頂」。差し出されたスマホの画面をのぞきこむと、たしかに、ある。

 待ち合わせは日比谷線広尾駅の出口からすぐの広尾橋交差点にした。いつもどおりサングラス姿で登場したMさん。

「夜にサングラスって、田中絹代級のスターのスタイルですよ」

「広尾ですから」

「たしかに」(何がたしかなのだ)

 そんな挨拶をした傍を、十三頭身くらいの短パン姿の女性が闊歩していた。あまりに小顔でブロントサウルスやブライアン・フェリーを想起させる。とまれ、信じられないくらいスタイルのいい人が、けっこうゴロゴロいる。都会とヒトクチに言っても、広尾は、そういう種類の都会である。

広尾駅からずいぶん歩いて
たどり着いたお店『今尽』

 聖心女子大やらチェコ大使館やらシナゴーグやら、立ち止まらずにはいられない魅力的な建物の群れを傍に歩きつづけるが、交番はよく見かけるのに、コンビニの一軒もないのである。

 されど、なんて素敵なのだろう!

 余白と無駄こそ豊かさの源泉である。で、もって不便なんて言いつつも、広尾も恵比寿も徒歩圏。いいなあ。

 とはいうものの、まあ、遠い。いや、ほんとに遠い。

 Mさん。その店の情報、フェイクじゃないでしょうね……そんな疑念が脳裏をよぎるころ、常陸宮邸の鬱蒼とした木々が見え、ぽつりと灯りが目に入ったのである。

『今尽』

 そして私は言った。

「なんか、細い」

 建物が細いのである。なにしろ、店の脇には、その形状から街歩き好きならすぐに暗渠だと察しがつく階段と路地がある。そして、上空にはみだすように三角の薄い建物がたっている。

 おそるおそるドアをあけて驚いた。

「えっ、広尾だよね…」都心ど真ん中にポツンと“陸の孤島”酒場、門外不出の絶品メニューに声を上げたワケ本書から転載