「幸せだ…」駅から20分、コンビニもない道を歩き続け、絶望の先にたどり着いた居酒屋で起きた「エイヒレの奇跡」本書から転載

 素朴でいかにも旨い店らしさを漂わせる看板を見ていたら、急にいろんな記憶がよみがえってきた。最後にこの店に来たのは、偶然じゃなかったことを思い出したのであった。一緒に呑んだあの人は元気にしているだろうか……

 引き戸をガラリと開けてなかをのぞくと、ほとんど記憶どおりだった。長いカウンターと小上がり。奥に長い造りの店は、まだ早い時間だというのに、ほとんど満席である。とても便利とはいえない立地だけれど、はやっている。

 ちょうどカウンター席に2人分だけ空きがあって、私たちはそこに陣取った。先代の大将・山岸國弘さんと、「あんちゃん」と呼ばれる二代目の山岸全志さんが揃って、

「いらっしゃい!」

 と、気持ちの良い声でむかえてくれた。2人とも浄瑠璃をやったら似合いそうなよく通る声だ。

どの駅から歩いても遠い場所で
お店を開いた理由

 お腹はすいているし、喉もカラカラ。とりあえず生ビールをお願いすると、お通しが出てきた。たらこに焼き魚に松前漬がちょっとずつ。お通し界のYMOかRUSHか。最高のトリオである。なんというハイセンス。ねっちりとふわふわとこりこりが同居している。

 火がついた。呑兵衛の魂に。まずは、センマイ、刺身盛り合わせ、さつきサラダをお願いした。

「魚は、専門だからね」

 刺身をお願いしたからだろう、目の前にいる國弘さんが息子さんの、あんちゃんこと全志さんを指さした。楽しみだ。

 さつきはこの場所ですでに半世紀以上営んできた。どの駅から歩いても遠いが國弘さんは、

「遠くないよ」

 と、言う。なにか近道でもあるのだろうか。こちらが、

「え?」

 と、すこし戸惑いながら聞き返したら、

「バス乗れば」

 と、破顔一笑した。國弘さんは一事が万事この調子で、カウンター周辺は常に笑い声があふれている。しかし、なぜ、ここまで駅から遠いところで商売を始めたのだろうか。

「高度経済成長期にはね、このへんは砂利を運ぶトラックの人が大勢行き来してたのよ。この通りのある、二本松は、ちょっとした繁華街だったんだよねえ。それで、最初はすき焼きの店として開いたの」

 なのだそうだ。もともと相模原で育った國弘さんは、この店を開く前、老舗のハム会社に勤めていた。そこで働くうちに肉の目利きになった。旨い肉を選べるようになった國弘さんは、当時、金回りのよかった砂利運搬のトラッカーたちを相手にすき焼きの店を開いた。店名は、國弘さんが5月生まれだから『さつき』にした。