――まさに今、大学で教えていらっしゃる「ヒューニング」の実践ですね。大変な事態に直面しても、悲嘆に暮れるだけでなく、ご自身を「調律」されていたと。現在進行形で介護をされている読者の方にアドバイスをお願いできませんでしょうか。

 親のこととなると、どうしても「全部自分でやらなきゃ」という気持ちが先に立つと思います。やらなくてはいけない、やりたい、いろいろな意味で自分が面倒を見るのが当然だと思ってしまう。でも、全部自分でやろうとすると、親と共倒れになってしまいます。そういうときこそ相談できる人が必要で、私にとってそれは夫でも仕事のマネジャーでも友人でもなく、ケアマネジャーさんでした。

 家族や友人に言っても、相手もどうすればいいか分からないことを聞かされて、悩むことになり、解決には至りません。自分が相談したことで相手に嫌な思いをさせるだけです。

 ケアマネジャーさんに相談すれば、そうした仕事のプロだから、「そういう場合は、こうしましょう」と適切な解決策を考えてくださいます。私は困ったことがあれば、ケアマネジャーさんや、家に来て下さるヘルパーさんに相談していました。

 その方たちと会えない時間も多かったので、交換日記のようにノートをつけていました。私が、夜介護を終えて、ノートに「こういう状態です。明日もし母がこう言っていたら、ここのところを見ていただけませんか」などと要望を書いておくと、翌日の午前中に来てくださった方が「こうでしたよ」と、私がこうしてほしいと思っていたことを適切に施してくださって、それを書いてくださる。そうやって意思疎通を図りながら介護をお願いしていました。もし私一人で介護に没頭していたら、辛くて耐えられなかったかもしれません。

――躊躇せず、プロに相談することが大切なのですね。

 プロの方はいろいろな経験をしていますから、「そんなときはこうしたらいい」という引き出しをいくつも持っています。身内や友人に相談して煩わせるくらいなら、プロの方に一刻も早く解決する方法を教えていただく方がいい。プロの方は嫌がりませんから、おんぶに抱っこでも、どんどん頼った方がいいと思います。

 日本人はどうしても「身内の介護を知らない方にお願いしたら申し訳ない」とか、「近所の方から『親の面倒を自分で見ないのか』と言われるんじゃないか」と気にしがちです。でも絶対に頼ってほしい。それが私の実体験からのアドバイスです。

介護のために
自分の人生を諦めない

――仕事や研究との両立のコツというのはありますか。

 仕事もある中、介護で疲れ果ててしまって、どうしようもなくなって、最悪の事態に陥るというのは絶対にあってはならないことです。

 企業に勤めている方は、介護休業や介護休暇制度を活用して、時間を確保することが大切だと思います。そこで得た時間は、介護するための時間ではなく、プロに介護をお願いする準備の時間です。会社が時短勤務を認めてくれたり、何かあればすぐ帰っていいよという配慮をしたりしてくれることも増えていますから、何もかも自分で面倒を見なくてはいけないと責任を負い過ぎるのはよくありません。

 介護のために、自分の生活を全部諦めなくてはいけないと思うのは大間違いです。もし介護に浸って自分のやりたいことを諦めてしまうと、自分のキャリアや自分の人生はそこで途切れてしまうことになり、その時間も、そしてあり得たかもしれない人生も取り戻せません。

 諦めずに両立していける方法を模索して、地域包括支援センターの方や会社の方に相談してください。自分だけでできないのは当然ですから、利用できる制度は全部使っていくぐらいの気持ちを持たなければ、人生を棒に振ってしまいます。

 私が母の介護をしながら、なんとか研究を続けられたのも、一人で背負いこまず、行政を含めたプロの方に助けていただいたおかげです。

――実際に介護を経験されて、研究も続けていらっしゃる方にそういうふうに言ってもらえると、きっと多くの方は勇気づけられると思います。

 自分の人生は堂々と大切にしていいのです。施設に入れたら周りからなんと言われるか、そんなことを考える必要はありません。周りの人は私たちの人生に責任を持ってくれないのですから。共倒れすることを親は求めていません。そこだけは忘れないでほしいと思います。

 私は父と母を看取り、兄も亡くしました。そういう辛い経験をして、健康寿命の延伸、人が幸せに生きるためにはどうしたらいいかということが、自分の軸としてつながっているように思います。これからも「人が健康寿命を長く保っていかに幸せに暮らせるか」をテーマに、研究や教育に携わっていきたいと考えています。

【プロフィール】
いとうまい子
1964年愛知県生まれ。歌手、俳優、タレント、研究者、大学教授。1983年にアイドル歌手としてデビュー。2010年に早稲田大学人間科学部eスクールに入学し、2014年卒業。同大学院人間科学研究科修士課程に進学し在籍中にロコモティブシンドローム予防ロボット「ロコピョン」を開発。2016年に修士課程修了後、博士課程で基礎老化学を研究。現在は東京大学大学院理学系研究科で研究を続けながら、2025年4月から情報経営イノベーション専門職大学で教授として「ヒューニング学」を教える。