「チームの願い」と「制約条件」を伝える
このように、メンバーの「本当の願い」を引き出すことができれば、次に、その「願い」をチームで叶える道筋を考えていくことになります。
ここで大切なのは、熊野さんの「本当の願い」と、チームの「願い」をすり合わせることです。ただし、言うまでもありませんが、チームには「制約条件」がありますから、熊野さんの「本当の願い」を無制限に受け入れることはできません。ですから、その「制約条件」についても、熊野さんに率直に伝える必要があります。
山川課長は、熊野さんにこんなふうに語りかけました。
「そんなことがあったんですね。ご高齢のお客様とそのようなコミュニケーションが取れるのは、熊野さんの素晴らしいところだと思います。僕も、すごく嬉しいです。そして、人の役に立って、感謝されたり信頼されたりしたいというお気持ち、私たちのチームにとっても非常に大切なことだと思います。
なぜなら、チームとしてのゴールは、お客様に喜ばれる成果を出すことだからです。私たちの仕事は、すべて『お客様の役に立つこと』につながっています。熊野さんと、そのゴールに一緒に向かっていきたいと思っています。
その前提で、チームとしては今、企画や営業のアシスタント業務をしっかり担ってくれる人材が必要な状況にあります。具体的な仕事としては、資料の準備や商談の進捗管理などが中心になると思います。
そのうえでお聞きしたいのですが―このチームが置かれた状況のなかで、熊野さんの『願い』を活かせる場面は、どんなところにありそうですか?」
熊野さんは少し考えてから答えました。
「アシスタント業務ですか……。デスクワークが中心で、あまり人と関わらない仕事ですよね……でも、企画担当や営業担当の方の役に立つことができたら嬉しいだろうし、資料作成をするために私もお客様との打ち合わせに参加する機会もつくれたりするのでしょうか……。そういう関わりもさせていただけるなら、人とやり取りする実感が得られそうですね。
それに、アシスタントは直接、お客様と接することは少ないかもしれないけれど、すべての仕事はお客様への貢献につながっていますよね……そういう気持ちで頑張れば、チームにも貢献できますかね?」
「業務命令」ではなく、「相手に考えてもらう」ことが大切
いかがでしょうか?
デスクワークが中心のアシスタント業務は、「人と直接関わるような仕事がしたい」という熊野さんの希望に沿う職種ではありませんでした。
しかし、熊野さんには、「人と直接関わるような仕事がしたい」という「願い」のさらに奥に、「人の役に立って、感謝されたり、信頼されるような経験がしたい」という「本当の願い」がありました。そして、アシスタント業務であっても、その「本当の願い」を叶えることはできます。
そのことに気づいた山川課長は、熊野さんの「本当の願い」を承認したうえで、チームの「制約条件」を説明。そして、その「制約条件」のなかで「本当の願い」を叶える方法を、熊野さん本人に考えてもらったわけです。
このコミュニケーションの最大のポイントは、この「本人に考えてもらう」ということにあります。
山川課長は「業務命令」としてアシスタント業務を熊野さんに押し付けることもできましたが、それでは熊野さんの心理的リソースを大きく損なうことになるのは明らかです。
そこで、共通の目標と制約条件のなかで、どのような選択肢を取りたいかを熊野さんに考えてもらうことで、熊野さんが「自分の意思で選び取った仕事」として、納得感をもってアシスタント業務に取り組めるようにしたのです。
もしかすると、「それって、うまく言いくるめているだけじゃないの?」と思う人もいるかもしれません。
しかし、それは当たりません。なぜなら、チームとはその定義上「共通の目的」のために集まった集団であり、メンバー一人ひとりの願いは、その制約のなかで叶えられるものだからです。チームの共通の目的に反する「願い」を尊重すれば、それはすなわち他のメンバーの「願い」を阻害することになってしまいますから、チームの共通の目標と制約条件から対話をスタートするのは当然のことです。
リーダーに求められるのは、メンバーの「願い」をどんなことでも叶えようとすることではありません。あくまで「チームの制約」という枠を明確にしたうえで、最大限一人ひとりの「本当の願い」を叶えようとする姿勢が大切なのです。
(本原稿は『なぜ、あなたのチームは疲れているのか?』を一部抜粋・加筆したものです)
株式会社コーチェット 代表取締役
2005年に京都大学教育学部を卒業後、モルガン・スタンレー証券、ゴールドマン・サックス証券(株式アナリスト)を経て、2014年にオンラインカウンセリングサービスを提供する株式会社cotree、2020年にリーダー向けメンタルヘルスとチームマネジメント力トレーニングを提供する株式会社コーチェットを設立。2022年日経ウーマン・オブ・ザ・イヤー受賞。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使。経営する会社を通じて10万人以上にカウンセリング・コーチング・トレーニングを提供し、270社以上のチームづくりに携わってきた。エグゼクティブコーチ、システムコーチ(ORSCC)。自身の経営経験から生まれる視点と、カウンセリング/コーチング両面でのアプローチが強み。









