「いつも、考えすぎて損してばかり!!」
日本人は礼儀正しくて、とても優秀……なのに、日々必要以上に思い悩んでいないだろうか?
「“究極の合理思考”を身につければ、もっと楽しくラクになる」――。数十億規模の案件に関わり、インド人部下オペレーションを経験したインド麦茶氏は、「常に自分中心」「短期志向」「無計画で今を生きている」ように見える彼らに「日本人が幸せを謳歌するための“ヒント”」を見出したという。
新刊『インド人は悩まない』では、人口14億・上位1%が富の40%以上を所有する超競争・過密・格差社会を生き抜く人々の「規格外の行動力」と「抜け目なさ」の秘密を紹介している。今回はその魅力の中から一部をお届けする。(構成/ダイヤモンド社・榛村光哲)
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休み明けに「お土産を配る」日本人
日本の会社には、オフィスの同僚に「ばら撒き型」のお土産を配る文化がある。長期休暇で旅行に行ったり、出張に遠方に出かけた同僚から、小さいお菓子などのお土産をもらったりした経験があるだろう。自分がどこかへ行った時に、お土産を買っていったこともあるはずだ。
日本で普通に行われている、ばら撒き型のお土産配りのオフィス文化は、私が働いているインドのオフィスでは、あまり一般的ではない。日本人社員の真似をしてお土産を配っているインド人社員もいるが、その姿はほとんど見ない。
私自身は日本人としてお土産の習慣が染みついているため、インドから東京に初出張に行った帰りに、インドオフィスの社員に、おいしい東京のお土産を買っていこうと思い立った。しかし、デパートのお土産売り場まで行って立ち止まってしまった。
なぜなら、社員それぞれ、食べることができる食べ物が異なるからだ。
インドの前提は「多様」、日本は「同質」
まず、ベジタリアンかノンベジタリアンかの違いがあり、ベジタリアンも、卵が入っていてもいいのか人それぞれだ。宗教のルールで特定の色の野菜は食べられないという社員もいる。当然イスラム教の社員もいるので、間違ってブタのエキスが入ったものなどあげたらとんでもないことになる。だからといって牛のエキスはヒンドゥー教側が絶対にだめだ。一方で牛のミルクが入っていても問題なかったりする。
食文化の違いは、宗教で簡単に区分することもできない。同じ宗教の中に細かいサブカテゴリ―があるので、一般的なルールで判別することすらできないのだ。
日本で売っているお土産やお菓子を見ると、おいしさを追求するために色々なものが際限なく使われている。商品表示を見ながら、中に入っているエキスや調味料を注意深く眺め、私は、考えに考えを重ねて、結局なんの面白味もないチョコレートの詰め合わせを買って、インドへの帰路についた。
この経験は、それまで何気なくやっていた、「バラ履き型のお土産配り」という日本のオフィスの文化が、「皆が、同じものを食べられるし、何かを渡して憤慨する人など全くいない」という、恐ろしく同質性の高い集団だからこそ根付いた文化だと気づかされたできごとだった。
逆にいえば、インドはそれだけ「共通項の少ない社会」、つまりは「多様」であることが前提になっている社会なのだ。
お土産ひとつとっても日本とは違う
ちなみに、そんなインドでもお祝い事の時には、オフィスの皆にお菓子を配る。そんな時活躍するのが「ガシュカトリ」というお菓子だ。これは、カシューナッツ・砂糖・ギ―(牛やヤギのミルク)の3つの材料で作った消しゴムのような見た目のお菓子だ。これならばほとんど全てのインド民が、なんの心配もなくユニバーサルに配ったり食べたりできるので重宝する。
日本のバラエティーに富んだお土産やお菓子の裏には、「同質性」があり、インドの決まりきったお菓子の中には、「多様性」があるという、ある意味バラドックス的な構造が非常に興味深い発見だった。
日本の非常に高い同質性と真っ向から異なる多様なインド社会で、人々がどのように考え、どのように自分の人生を生きているのか。全く反対の文化だからこそ、日本人にとってはあっと驚く学びが多い。私がインドで気づかされたように、この本『インド人は悩まない』には、あなたが新しい人生の切り口を見つけるヒントが必ずあるはずだ。
(本記事は『インド人は悩まない』に関する特別な書き下ろし原稿です)









