量子コンピュータが私たちの未来を変える日は実はすぐそこまで来ている。
そんな今だからこそ、量子コンピュータについて知ることには大きな意味がある。単なる専門技術ではなく、これからの世界を理解し、自らの立場でどう関わるかを考えるための「新しい教養」だ。
『教養としての量子コンピュータ』では、最前線で研究を牽引する大阪大学教授の藤井啓祐氏が、物理学、情報科学、ビジネスの視点から、量子コンピュータをわかりやすく、かつ面白く伝えている。今回は量子超越について抜粋してお届けする。
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量子コンピュータがスパコンを超えた!?
グーグルの「量子超越」の発表は、量子コンピュータ界隈を超えて、学術界でも広く話題になった。
しかし、やや煽り気味な「200秒VS1万年」という結果だけが一人歩きし、この偉業の意味はあまり理解されなかったように思う。
複数の学術誌で組まれた特集記事のなかには、「自然界でシミュレーションが難しいものなんて山ほどある。味噌汁のなかの味噌の流れだって、スーパーコンピュータでシミュレーションすることが難しい」と茶化した記事まであり、呆れてしまったことを覚えている。
そもそも“超越する”とは
ここでグーグルの量子超越の意義を整理しておこう。
古典コンピュータを超越するとは
1.プログラム可能なマシンを用いて、
2.数学的に明確に定義された問題(役に立つ意味のある問題とは限らない)を、
3.既存のスーパーコンピュータよりも高速に解くことができる
というものである。
もちろん、量子コンピュータを引っ張り出してこなくても、古典コンピュータでシミュレーションが難しいものはいくらでもある。
たとえば、コップ一杯の水の動きを古典コンピュータでシミュレーションすることは、実は難しい。
これは水による量子超越だといえるだろうか?
残念ながら水の場合は、1と2を満たさない。
何をどのようにプログラムすれば数学的に明確に定義された問題が解けるかがわからないのだ。
それでは、人間の脳はどうだろうか。脳の場合、問題をプログラムすれば良いため、1はクリアできる。
2については、脳の出力を完全に説明する数学的なモデルはまだ体系化されていない。
つまり、コンピュータとして何を出力すれば正しい答えなのかが明らかではないのだ。
よってこれも超越とはいえない。
なんでもかんでも超越
量子コンピュータは、どのような量子ゲートを作用させるかをユーザーが自由に選びプログラムすることができる。
そして、その選ばれた量子ゲートを作用させると、どのようなビット列がどの確率で測定できるか、ベクトルと行列という明確な数学の言葉を使って予言することができる。
このとき、数学で予言される「高確率で出現するビット列を見つけよ」という明確に定義された問題を量子コンピュータ、もしくはスーパーコンピュータを用いたベストなアプローチで解いた場合を比較しているのが量子超越の問題設定である。
私の知る限り、このすべての条件を満たす可能性があるものは、量子コンピュータの他にはない。
この点を見逃すと、水による超越や、脳による超越など、何でもかんでも超越になってしまう。
(本稿は『教養としての量子コンピュータ』から一部抜粋・編集したものです。)





